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第62話
「離せ!離せつってんだろうが!!!!」
「ちょっ…兄貴、落ち着けって!慧なら無事だから!!」
腕を振り上げ、怒りを露わにするリカちゃんと、それを羽交い締めにする歩。その後ろにはドアにもたれ、部屋の中が見えないように隠す桃ちゃんの姿まである。
自分よりも大きなリカちゃんを止める歩は必死だ。いつもの無気力な感じはなく、顔を引きつらせて、目一杯踏ん張っている。
「こいつだけは絶対に許さない」
「だからって教師が生徒殴るのはやべぇって!」
「自分の大事なヤツも守れねぇなら今すぐ教師なんて辞めてやるよ!!!」
言い合う2人の前に、リカちゃんに投げ飛ばされたらしい鷹野が立ち上がる。
ヘラヘラ笑いながらも、その目は射るようにリカちゃんを見ていた。
鷹野は傍にいる俺でも、歩でもなくリカちゃんだけを見つめて言う。
「覗くなんて悪趣味ですね、獅子原先生」
「鷹野……お前、自分が何したかわかってんだろうな」
「やだなぁ。これは同意の上ですよ。ね、兎丸君?」
そう言う鷹野には絶対の自信がある。
自分は絶対に負けない自信が。
「リカちゃん…」
震える声で呼ぶと、リカちゃんの目が鷹野から俺に向き、苦しそうに歪んだ。
「リカちゃん。ごめん、なさい」
守れなくてごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。
何も出来ないくせに強がって、リカちゃんを責めて……こうして結局はまた迷惑をかけてごめんなさい。
「リカちゃんごめんなさい」
もう今の俺にはそれしか言えない。
泣きながら謝る俺に、リカちゃんは勘違いするかもしれない、と思った。鷹野の言う通りこれが同意なのだと思うんじゃないかって。
「……歩。もう離して大丈夫だから」
歩がリカちゃんから手を離した。するとリカちゃんは鷹野を睨みつけた後、俺にそっと近づいてくる。
目の前に立ったリカちゃんの顔が見れなくて、俺は目を閉じた。
鷹野に触られた時は、これ以上ないって思うぐらい怖かったのに、今の方がよっぽど酷い。
リカちゃんに勘違いされて余計嫌われることの方が怖い。
震える俺にリカちゃんの手が伸びてくる。それが頭に触れ、輪郭をなぞるように下りて……そして両肩を包む。
「……遅くなって悪い。俺こそごめん」
ぎゅっと強く抱きしめてくれた途端に、さっきまでの何倍もの涙が溢れる。
「リカちゃっ、ごめ、ごめんっなさい……」
謝れば謝るほど、痛いぐらいに強く抱きしめられ俺はその広い背中に手を回した。
甘い匂いも、ちょっと低い体温も、今日も綺麗に整えられたスーツも変わらない。
違うのは、リカちゃんが小刻みに震えているってことだけだ。
「リカちゃんっ、リカちゃんっ」
「慧。もう大丈夫だから」
リカちゃんの声は安心する。
その声、その体温、その存在全てで俺を包み込んでくれる。
「もう大丈夫。呼んでくれてありがとう」
リカちゃんが、鷹野によって下げられていた下着とスラックスを履かせてくれた。
俺もシャツのボタンを留めようとするけれど、指が震えてうまく出来ない。
「ご……ごめっ、すぐ、着る」
シャツすらまともに着れず、またも謝ってしまう。するとリカちゃんは俺の頭を撫でて慰めてくれた。
「焦らなくていいから。これでも着とけ」
バサッと羽織らされたのは、自分のスーツのジャケット。一回り以上大きいそれは、俺の震える身体をすっぽり覆った。
リカちゃんの匂いと温もりの残るジャケットが恋しくて強く身体を抱きしめた。
また透明の雫が頬を伝う。
「泣くなら俺の前でだけにしろ」
リカちゃんがそれをチュッと吸う。堪らなく嬉しくて、もっと…と見つめれば、今度は目尻に溜まった涙を吸い取ってくれる。
フッと笑ったリカちゃんと目が合って苦しくなった。
守りたかったのに、また俺が守られてる。
知られたくなかったのに、こうやって助けられてしまった。
「リカちゃん…ごめんなさい」
「慧が無事ならそれでいいよ」
それなのに優しい優しいリカちゃん。
「…いつまで人のモノに触ってるんですか?こんなんじゃまるで俺が悪者みたいだ」
そんな2人の空気をぶち壊す鷹野の苛立った声。
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