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第63話

 ピクッとリカちゃんの肩が揺れ、俺に向けられていた目が鷹野を見た。その横顔は怒り、苛立ち、侮蔑に満ちている。 「誰がお前のモノだって?」  もうここに先生の顔をしたリカちゃんはいない。鋭く尖った声は鷹野に向けてのもののはずなのに、俺や歩ですら怯ませる。 「言ったよな?ウチの子可愛くて大切だって。それを泣かせたお前を俺が許すと思う?」 「兎丸君に先に目をつけたのは俺ですよ。遊びで生徒に手を出した人が何言ってるんですか」  負けじと鷹野も言い返せば、2人の間に火花が飛ぶ。けれど、この場で分が悪いのはリカちゃんだ。だって鷹野には武器があるから。 「遊び…ねぇ。お前が俺の何知ってんの?」  俺の腰を抱くリカちゃんの手に力が入る。  強く抱き寄せられるまま、俺はリカちゃんの首元に顔を埋めた。スンスンと鼻を鳴らし、身体中にリカちゃんの匂いを送り込む。  やっぱり好きだなぁ……って思うのは場違いだってわかっているけど止められない。  擦り付けるように強く強く抱きつけば、リカちゃんの脈打つ音が鮮明に伝わってくる。遠くに感じていたリカちゃんが、今はすぐ傍にいるのだと実感できて安心した。 「慧君くすぐったいからストップ」  ククッと笑ったリカちゃんが俺の髪に口付ける。そして鷹野を見て言った。 「お前に触れられても反応しなかったのが俺が髪にキスするだけで勃ってるけど? お前もしかしてド下手なのか?」  リカちゃんの言う通り俺の性器は確かに熱を持ち始めていた。  匂いに包まれるだけで、その声で囁かれるだけで……触れられるだけで、俺の身体は狂ったように昂ぶってゆく。  カッと赤くなって隠れる俺に、リカちゃんは嬉しそうに頬ずりをする。  そうすると、鷹野の余裕そうな笑みが一瞬にして消え失せた。 「っ、そんな事…許さない。お前なんかより俺の方がいいに決まってる!」  声を荒げた鷹野がケタケタと笑う。  下卑たその笑い声に俺の身体がまた震えだせば、そっとリカちゃんの手が俺の背中を撫でた。おずおずと見上げる。 「リカちゃん……」 「あとちょっとだけ我慢してろ」  今度は俺のこめかみに唇を落とし、また「大丈夫」と囁いてくれた。 「離れろよ…。兎丸!俺を選ばないとどうなるか知ってるよなぁ?!いいのかよ、こいつがどうなっても!」  リカちゃんを指差す鷹野の目が狂気に満ちて血走った。その顔には爽やかさも人の良さも無く、欲にまみれた浅ましい男の顔だ。  これが鷹野の本性。 「明日の朝には全校生徒に知れ渡ってる!!こいつが生徒に手を出した淫行教師だってなぁ!」  そう言った鷹野の手には、証拠がたっぷり詰まったスマホが握られていた。 「やっ、やめろよ!」  咄嗟に止めようと飛び出した俺の身体を、リカちゃんが背後から抱きしめる。  その力があまりにも強くて、俺はじたばたと手足を激しく動かした。 「リカちゃん!!止めないとっ!」 「何を?」 「アイツ写真持ってるんだ……俺とリカちゃんがマンションに入ってくのを隠し撮りしたやつ!」 「それがどうかしたのか?同じマンションに住んでるんだからあり得る事だろ」  簡単に同じマンションだと認めてしまったリカちゃんに驚いて振り返った。  肩越しに見た顔は、口端だけを釣り上げ、ニッと笑ったそれ。  俺を背後から抱いたまま、リカちゃんは鷹野に訊ねる。 「鷹野。お前それが何の証拠になると思ってる?俺の住所なんて教員名簿に載ってるから皆知ってるけど」 「2人並んでマンションに入ってくなんて変だろ!」 「別に?たまたま帰るタイミングが同じだっただけ。マンションが同じでも、同じ部屋に住んでるワケじゃない。それぐらいで辞めさせるほど世間はバカじゃないだろ」 「っつ……それは、屁理屈だ」  リカちゃんの落ち着いた声が鷹野を追い詰めていくのがわかった。  怒っていたはずなのに冷静に、淡々とリカちゃんは鷹野を責める。 「悪役ぶんのは自由だけど詰めが甘すぎ。事実を知ってるヤツと知らないヤツ…同じように解釈するわけねぇだろ。お前さ、どんだけ自分に自信あんの?」  鷹野を小馬鹿にしたリカちゃんの表情には、あきらかな余裕が溢れていた。 「悪いけど、これでも俺仕事できる先生だから。いくらお前が優等生でも、生徒と教師どっちの話が信憑性あるかなんて明白だよな、鷹野クン」    言葉を失った鷹野が、唇を噛みしめてスマホを握りしめる。  どう見てもリカちゃんが押しているけど……だけど俺は知ってる。  鷹野が握るその中には言い訳のしようもない『アレ』があるって事を。

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