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第64話

「リカちゃん……あいつ、あの時の録音してるんだよ」 「あの時?」 「科目準備室での、あの……あれ」  言い淀む俺に「あぁ」と頷いたリカちゃんが鷹野を見てハッ、と鼻で笑う。それは教師が生徒に向ける顔ではない蔑んだ表情だった。  外面を繕わずにリカちゃんは鷹野に向かって言った。 「お前、おとなしそうな顔に似合わず悪趣味なんだな。人がヤッてるとこ聞き耳たてて楽しいのか?」  あっけらかんと言い放ったリカちゃんに、今まで黙っていた歩と桃ちゃんが同時にため息をついた。 「兄貴……堂々と学校でヤッてんなよ。そっちの方が悪趣味だろ」 「あんた本当にそういうとこ自由よね」    呆れかえる2人にリカちゃんは抱きしめている俺を指さす。 「うっせぇな。ウサギが俺を煽るから悪い」 「ちょ、ちょっと!俺のせいにすんな!!お前が先にヤラシイ事してきたんだろ!!」 「それに乗って止まらなくなったのは誰だよ?あんなに可愛くおねだりされたら応えないとってなるだろ」  言い合う俺たちに、歩と桃ちゃんの表情は余計冷めていく。 「あんた達学校を何だと思ってるの?もう付き合ってらんないわ」  そう桃ちゃんが言えば歩が頷く。それにリカちゃんは不満そうで、俺も自分が悪いと言われて言い返して……気づけば俺たちは4人で会話をしていた。  誰かさんの存在を完全に忘れて。 「うるさい!!」  ガッ、という音と共に鷹野の隣にあった机が蹴り倒される。それを蹴った本人は、肩で息をして荒ぶっている。 「人のこと無視して仲良く喋ってんじゃねぇよ!!」  鷹野が怒鳴ったのはリカちゃんに対してだった。けれど、リカちゃんは鷹野が怒ったところで気にする様子はなく、淡々と答える。  「しゃあねぇだろ。お前以外みんな仲良しなんだから。」 「黙れよ!今は俺が話してるんだから!!」  更なる怒鳴り声を上げた鷹野に、リカちゃんは呆れたように声をかけた。その顔は聞き分けの無い子供をあやすような、仕方なく……という感じがありありと見て取れる。 「どうせお前が録音したっていうの、ウサギの喘ぎ声か何かだろ?」 「そうだよ!リカちゃんリカちゃんって何回も呼んで…立派な証拠だろうが!」  鷹野の返事を聞いてニヤッと笑ったリカちゃんが心底楽しそうに俺を見た。 この笑い方は意地悪で性悪なリカちゃんの登場だ。とっても嫌な予感がしする。 「そういやお前、あん時もっともっと…って凄かったよな」  こんな時に人をからかうなんて何を考えてるんだろう。キッと睨めば、リカちゃんは俺の肩に顎を乗せて耳を舐める。  耳朶に舌が触れて身体がビクン、と反応した。 「んっ……やめろって」 「また聞きたい。今夜抱いていい?」 「ゃっ、やだ」  耳の縁を舐めながら低く囁かれ腰がゾクゾクする。至近距離から聞こえる声と、耳に直接注がれる水音と。そして身体を滑る舌の感覚と。  その全てが俺にとっては大きな快感で、このままじゃ完全に勃っちゃう…!!そう思った時だった。 「いい加減になさい!!」 「痛っ!」  パコーンという音と共に、いつの間にか傍に来ていた桃ちゃんが履いていたスリッパでリカちゃんの頭を殴った。  このリカちゃんを容赦なく叩いた強者は、さっきまで自分の立っていた扉を指さして言う。 「イチャつくなら全部終わらせてからにして!!こっちだって仕事があるの!それに、何よりも廊下で見張ってくれてるあの子が真っ赤で可哀想だわ!!!」 「……あの子?」  桃ちゃんの指さす先にいる『あの子』  ひょこっとドアの影から顔を覗かせた人物を見た俺の目が見開く。 「た、拓海?!」 「慧ぃ……リカちゃん先生も。俺、生々しすぎてヤバい」  そこには顔を真っ赤にした拓海がいて、恨めしそうに俺たちを見る。  きっと何の説明も受けずに連れてこられたのだろう、いきなりの展開にどうしていいのかわからないって顔だ。  拓海と桃ちゃん、そして歩の視線を受けたリカちゃんが俺を離した。咳払いをして気持ちを切り替え、鷹野と対峙する。 「ま、鷹野。またまた残念だけどその録音したっての証拠能力ないから」 「は?何それ負け惜しみ?先生って意外とダサいこと言うね」  鷹野がからかうと、リカちゃんは満面の笑みで返す。 「リカちゃん……それ聞いて相手が男だって思う?先生もつけてない状態で、相手に男の俺を想像するか?どう考えてもリカって名前の女を想像すんのが普通だ」  何かを悟ったらしい鷹野の顔に焦りが浮かぶ。その表情を見たリカちゃんの眉がクイッ、と上がった。 「お前さ、中途半端に頭いいから自分と同じ目線でしか物事見れねぇだろ。誰かに何かを伝える時は、相手の立場で考えろって俺何回も言ってやったのになぁ……」 「そ、そんなの屁理屈だ…!」 「本当の事を知ってるお前にとってはな。そんぐらいお前の握ってる証拠は弱いんだよ。 俺がウサギを可愛がって啼かせてる姿が撮れてたら良かったのに」  最後にリカちゃんの唇が「ドンマイ」と動いた。

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