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第65話

 リカちゃんが鷹野に言った言葉で俺は気づいてしまった。  いつもは散々なぐらい言葉責めにあうのに、あの時はなぜか無かった事。耳元でばかり囁かれたのはリカちゃんの趣味が大半だろうけど……自分の声が聞こえないようにしてたって事に。  全て自分が『リカちゃん』である事を最大限に活かした予防策だ。もしこうなった時の為にリカちゃんは計算していたのだとわかった。  俺にすら教えなかったのは、どうしてかわからないけど。聞いても教えてくれないのは経験済みだから、せめて視線だけで不満を訴える。   「………マジで性格悪い」 「やっと気付いた?念の為って思ってたんだけどラッキーだったろ?」  俺の身体を離したリカちゃんが一歩ずつ鷹野に近づいていく。その距離がほとんど無くなるまで詰め寄った。  背の高いリカちゃんに見下ろされた鷹野の喉がゴクン、と鳴る。それは恐怖なのか緊張なのか……俺なら確実に怖くて逃げだそうとするだろう。  そして逃がさないのがリカちゃんだ。 「やるなら徹底的にやれよ。お前、誰を相手にしようとしたかわかってる?」 「ぐっ…!!」  素早く鷹野の襟を掴んだリカちゃんが、その身体を乱暴に引き上げる。 「俺を嵌めようとしたんだから覚悟できてんだろうな」 「かく、ご…」 「お前らの担任の先生である前に俺は1人の男なんだよ。俺を怒らせるなって聞いたことない?」 「それ…あの噂の……、」  青ざめた鷹野の声が掠れた。  この学校の生徒なら誰でも知ってるあの噂。 『リカちゃん先生に近づいてはいけない。リカちゃん先生は、ヤバい』 「真実が知れて良かったなぁ……鷹野クン?」  完全なる敗北に鷹野の目から僅かに残っていた光が消える。  噂の真相が今目の前にあって、これから何が起きるのか黙って見守った。  怯えきった鷹野にリカちゃんの左手が伸ばされると同時に…… 「はい、はーい。リカ、それ以上はだぁめ。ここからはあたしに任せなさい」  間に入った桃ちゃんが鷹野からリカちゃんを引き離す。オカマなのにその力は強く、強引に押しやられた鷹野の身体がフラつき、机に手をついて支える。  リカちゃんの次は桃ちゃん。  今度は自分と同じぐらいの身長の、優しそうな相手だからか、鷹野が少し復活したように見えた。 「鷹野君だったかしら?君ねぇ、自分が何したかちゃんとわかってる?」 「俺は何も悪くない」  返事とは真逆に、そらした鷹野の顔を桃ちゃんが掴み、無理やり自分に向けさせる。  力の強い桃ちゃんに掴まれて痛いのだろう、鷹野の眉間に皺が寄る。  グッと顔を近づけた桃ちゃんの表情は俺が立ってる位置からは見えない。 「恐喝それと強姦未遂。この場合は暴行……になるかもしんねぇけど。それでも立派な犯罪だろうがよ。その録音したの出すなら盗聴も付けてやろうか?」  おネェ言葉じゃない桃ちゃん。初めて見る本気で怒ってる…男らしい桃ちゃん。  今までとの変わり様に、俺だけじゃなく歩や鷹野も言葉を失った。唯一この姿を知っているらしいリカちゃんだけが平然としている。  そんな場の空気なんて気にせず桃ちゃんがトドメの一言を鷹野に向けて告げる。 「お前がこれ以上争うってんなら、こっちだって本気で受けてたつけど。ウサギちゃん……兎丸慧君の顧問弁護士として」 「べ、弁護士……?」  繰り返した鷹野に桃ちゃんは大きく頷いた。 「オネェだからって見下してんじゃねぇぞクソガキ。もう学校に通えないようにしてやろうか?」  そこには、リカちゃん以上に凶悪で悪魔の顔をした桃ちゃんがいた。

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