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第66話
* * *
「慧、大丈夫か?とりあえず水でも飲めよ」
ちょっと大人の話がある、と鷹野を連れて桃ちゃんは行ってしまった。俺は残ると言い続けるリカちゃんを引きずっていく姿は、か弱いオネェだなんて信じない。
高校生と大の大人を引きずれる桃ちゃんは最強だと思う。
「あり、がと」
歩に渡された水を飲む。
緊張が解けて力が抜けた俺は、ヘナヘナとその場に座り込んでしまい、それを見た拓海まで傍へと走り寄って来た。
拓海と歩の2人に支えられ、なんとか立ち上がる。
「悪かった。本当はもう少し早く助けたかったんだけど……桃さんに鷹野が無理矢理してるって証拠がいるって言われて」
「でもでも!リカちゃん先生は途中から本気で怒ってたから!!俺と歩の2人で必死に抑えつけてたんだから!」
フォローしてくれる2人の優しさが嬉しくて、俺は笑って返した。
歩が教えてくれたのは、リカちゃんは鷹野を前々から怪しんでいたという内容。俺に接触しだした鷹野が、今日ここの鍵を取りに来た事を聞いて、リカちゃんはすぐに行動に移したらしい。
桃ちゃんを呼んで拓海を見張りに使って。そして歩に、もし自分が理性を失った時には止めるよう頼んで……全部が万全の体勢での事だった。
美術部の鷹野が、好きに使えるこの部屋を利用しないわけない。その事を知っていて、確かな証拠を握るまで様子を見ていた。
嫌がる俺を鷹野が無理矢理襲う…そんな証拠を。
「俺、ずっと鷹野はリカちゃんを好きなんだと思ってたんだ」
小さな声で話しだした俺に歩が頷く。
「俺も。でも兄貴は気づいてたっぽい。だいぶ前から俺に鷹野と慧に注意しろって言われてたし」
いつそんな話をしいていたのだろうか、と首を傾げる俺の代わりに拓海が手を打った。
「あ!だから最近の歩、真面目に朝から来てたのか!」
「まぁな。兄貴に逆らうと色々面倒くせぇんだよ。兄貴は表立って行動出来ないから俺が代わりにな」
面倒くさいと言った歩は、心底嫌そうな顔をする。きっと今回の件だけじゃなく、今までもリカちゃんに散々使われてきたのを思い返したんだろう。
あんなに性悪な兄貴を持ったからこそ、歩は大人びているんだろうと思った。
リカちゃんと桃ちゃんを待ちながら、俺たちは会話を続ける。
「けどさ、今日みたいに学校じゃなかった時はどうする気だったんだろう?いくらリカちゃん先生でも、慧がどこで何してるか全部はわかんないだろ?」
拓海の言う通りだ。たまたま俺が家を嫌がったからいいものの、もし大人しく付いて行ってたら?もし鷹野が頑なに家に来いと言い続けていたら?
拓海と二人揃って歩を見れば、無表情の歩がポケットからタバコを取り出し口に咥える。
「ちょ!さすがに教室では吸うなって」
すかさず拓海がそれを奪う。チッと歩が舌打ちをしたが、俺は気にせず答えを促した。
「なんで俺が鷹野の家に行かないってわかったんだよ」
「あぁ。それは無いって兄貴は言い切ってたけど?慧はクソ生意気で変にプライドが高いくせに怖がりだから、相手のテリトリーに入るなんて出来ないって」
……あの性悪野郎。気遣ってくれてたのは嬉しいけど一言余計だ。
一通り話が終わってもリカちゃん達は戻ってこず、何して時間を潰すか考えている時だった。座っていた机から飛び降りた拓海が、俺と歩に向かって問いかける。
「ってかさ…リカちゃん先生と慧と歩の関係ってなんなの?そこんとこ俺なんも知らねぇんだけど」
「は?お前今まで何も知らなくて話してたのか?」
訊ねた歩に、拓海は自信満々に頷いた。
「うん。なんかノリで」
はあぁぁ……、と大げさにため息をついた歩が大雑把に説明すると、それを聞いた拓海は驚いたり、赤くなったり、泣きそうになったり…百面相をした。
コロコロと変わっていく拓海の表情を見て、俺はようやく訪れた平穏に安堵した。
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