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第6話
「平気か?」
心配そうに様子を伺うリュカに、ユグは無理やり笑って見せた。実際には、異物を押し出そうと、ユグの魔力が体内で嵐のように暴れている。意識を失う前に、何とか抑えなければならない。
命の危機を本能が感じ取ったのか、否か。ユグはごく自然にリュカに口づけることができた。柔らかな肉を食み、驚きに固まったままなのを良いことに咥内に舌をねじ込んだ。往生際悪く抵抗しようとするリュカの首裏を掴んで、縮こまった舌を探り当てる。
薄い舌だ。でも、熱い。どうしたらいいか分からずにぎゅっと肩に力を入れたままの相手に気づいて、ユグは少し先走り過ぎていたことに気づいた。
「力を抜いて。俺のやることを真似すればいいから」
「嫌だな。手慣れてる。いつの間にこんなこと」
「……嫌だって思ってくれるのは、ちょっと嬉しいな」
可愛いひとだ。そう思ったままリュカの額に軽く口づける。まだ丸さのとれない柔らかい頬に自分のそれを押し付けて、ユグはすっかり自分がリュカに惚れきってしまったことを認めた。まだ、リュカには長い時間が残っている。その中のたった一瞬を通り過ぎるだけの存在では、満足できないと思った。
「好きだよ、リュカ」
息を呑んだリュカを傷つけないように、ユグはそっと彼の身をベッドに沈めた。
***
全身がひどくだるい。今だかつてない疲労感に、リュカはもう二度とこんな思いはしたくないと思った。自分を抱きしめて眠りこける男がひどく憎たらしくて、どうしてこんな人間と関わってしまったのだろうと過去の自分を殴りつけたくなる。
人の成長はとんでもなく早いものだとは知っていたけれど、8年という歳月がユグをここまで変えるとは思ってもみなかった。子どもの頃よりも色が濃くなった金茶の髪をさらりと撫でて、ちっともかわいくなくなった、とリュカは唇を尖らせる。自分のことが好きなのだと散々甘い言葉を吐くユグは滑稽で面白かったけれど、好きという感情がぴんと来ないリュカには、今のところ返せるものはない。ただ、ユグと命を分け合うことについて、嫌だという感情はついに湧いてこなかった。ユグとずっと一緒に居られたら、それはとても楽しいだろうと思ったのだ。それくらいには、彼を気に入っていると言っていい。
「ユグ、起きられる?朝だよ」
絡みつく腕をそっとはがして、リュカはユグの頬を軽く叩いた。胸の紋は、消えてはいない。期日が来て、きちんとユグの本当の心臓を潰すまでは消えないだろう。その時はきっと、ユグは相当痛い思いをするのだろうが、それはまだ伝えなくてもいいだろうとリュカは意地悪く笑う。
「おはよう……リュカ」
「うん。生まれ変わった気分は?」
ユグは眠たげに欠伸をしながら、ゆっくりと状態を起こした。「朝だ……」と小さく呟いて、自分の身体を確かめるように胸の上に手を重ねた。
「動いているね。リュカの心臓」
「そしてもう、君の心臓でもある」
ユグと自分の魔力が混じり合った感覚は、言葉では表現できそうになかったが、決して不快なものではない。
「実感とか、そんなのはまだないけれど……変な感じだ」
「そりゃあそうか。……わたしはね、ちょっといい気分だな。久しぶりに目的もできたし」
目的って?きょとんとした顔でリュカを見つめるユグに、リュカは楽しそうに言う。
「魔法具はたぶん、他にも残ってるだろうから。君とわたしとで探しに行きたい。時間はたっぷりあるからね」
「探しに行くって……ここを出るの?あんなに嫌がっていたのに」
「もちろん、誰かに利用されたりするのはごめんだけれどね。君がいるから、もうここは必要ないんだ。」
リュカの言葉に、ユグが目を見開いた。そういうこと、とリュカは少し照れながら頷く。もう寂しくない。大切な人に置いていかれる恐怖は、もう無くなったのだ。
「ついて来てくれるだろう?どうせ君、もう仕事はクビになるんだし」
「うわあ。それ、あんまり考えないようにしてたんだけれどなあ」
ユグがため息を吐いて、もうどうにでもなれと言うように笑う。
「もちろん。一緒に行こう、リュカ」
望んだ言葉に、リュカの唇が弧を描く。朝食を食べて、荷造りをして。旅の準備をしたら、まずはどこへ行こうか。先の予定を立てるのがこんなに楽しくてたまらないのは一体いつ以来か。自分は、もう少し欲深く生きてもいいだろうか。
リュカはベッドを降りて思い切りカーテンを開けはなった。朝の眩しい光が目を焼く。
窓の外には、鮮やかな生命の息吹で溢れている。
――世界はこんなにも、美しかった。
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