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第1話
ジジジッ……と音を立てて、杖の先から白く細い煙が立ち昇る。杖の先に蒼白く小さい光が生まれた。
いい感じ……。
スパークル・ウィンドは、無意識に唇を舐め、魔法への集中を更に高める。
蒼白い光が次第に大きくなり、揺らめきながら膨れ上がる。
今だ!
「魔よ、去れ!」
スパークルは勢いよく叫ぶ。と同時に、ぼんっ!と大きい音がして光は弾け飛んだ。辺り一面に黒い煙が広がって、スパークルはげほげほとむせる。
手の甲で頬を拭うと煤だらけ。前髪も少し焼けたみたいだ。微かに焦げ臭い。
「もう……!」
低く唸って杖を睨む。初級の退魔魔法だったが、また失敗した。何回やってもなかなか成功しない。
誰もいなくなった魔法学校の放課後の教室。毎日残って練習するのだけど。
「もう、やだぁ……」
思わず情けない声がもれる。その時、スパークルの背後で笑い声がした。
「アシュレイ先輩!」
振り返ると、アシュレイ・スティグナーが可笑しさを抑えきれない顔で立っていた。
思わず赤くなる。見られた上に笑われた。
と言っても今さらで、スパークルの育成係を務めているアシュレイには、これまでも散々恥ずかしい所を見られているのだけれど。
「今日も居残り練習?毎日熱心だね」
「先輩に教えてもらった退魔魔法ができなくて」
「もう一回やってみる?」
「はい」
アシュレイがスパークルの側に寄る。二人でスパークルの杖を握った。アシュレイが杖を握るだけで、魔法の波動が変わったのがわかる。
スパークルは再び集中する。先ほどより順調に杖の先が蒼白く光り始めた。魔法の力が無駄に逃げないように、アシュレイの力が支えてくれている。
光が大きく膨らんだ。
「今だ」
アシュレイの声と共に、スパークルは叫ぶ。
「魔よ、去れ!」
魔法が発動する。手が痺れそうな衝撃と共に、蒼白い光は空を切り裂いて飛んだ。
「やった!」
スパークルは飛び上がって喜んだ。アシュレイとハイタッチを交わす。
魔法が使えるこの感覚には、毎回ドキドキして興奮する。アシュレイの手助けがないとなかなかうまくいかないとしても。
ここはウィークレイア魔法学校。13歳~18歳までの6学年を合わせても、生徒は150人に満たない小さな魔法学校だ。ちなみに魔法学校ではめずらしい男子校でもある。
スパークルは15歳でこの魔法学校に入学した。試験に落ちたら、次は年齢制限で受けられなくなるギリギリの歳での合格だった。
入学してから丸二年。今年で17歳になった。来年は魔法学校を卒業する年になる。それなのに、14歳か15歳なら使えるはずの魔法が未だに使えない。魔法の成績も学年で最低ラインだし、下のクラスの生徒たちにも次々に追い越されていた。
魔法使いの素質とすれば、スパークルは魔力が弱い方だし、本当に素質がないのかもしれない。
それでも魔法学校は楽しかった。子供の頃から憧れていた魔法の世界。夢見てきた世界がここにはある。今は魔法使い見習いのまた見習いくらいのレベルでも、いつか立派な魔法使いになりたい。
だから、一人で教室に残って練習することも辛くなかった。できなくて歯がゆい思いをすることはあっても。
実際のところ、あきらめずに努力するスパークルを知っているせいか、クラスメイトも馬鹿にしたりしなかったし、先生たちの評判も悪くなかった。
そして何より、アシュレイの近くにいられるということもある。育成係は魔法が特に使えない者を、個別に指導するために付けられる。育成係を付けられるということは、それだけ「できが悪い」ということで、誉められることではないのだけれど。
二つ年上のアシュレイ・スティグナーは、スパークルが魔法学校に入学してからの憧れの存在だった。とても優秀な魔法使いで、どの魔法も軽々とそつなくこなす。
淡い金髪に透けるような碧眼。端正な顔立ち。優しく穏やかな性格もあって、先生たちの信頼も厚く、生徒たちからは慕われていた。
そんなアシュレイが、一年前に自分の育成係になると知った時、スパークルは小躍りしそうなくらいに嬉しかった。
アシュレイは一通りの課程を経て卒業し、今は魔法教師育成クラスにいる。
「暗くなってきた。もうそろそろ寮に戻ろう。今夜は見回り当番の日だろう?」
「そうだった。忘れてた」
今日は晩ごはんを食べて、夜の8時から見回り当番だった。
時間は6時を過ぎていた。急がなければならない時刻になっている。
でも……。
「先輩、最後にあれやって」
アシュレイにあるものをねだる。
無邪気なスパークルに、アシュレイは苦笑交じりに頷いた。
「いいよ」
アシュレイの杖の先から、虹色に煌めく光が放たれる。
それは頭上ではじけて、細かく散らばった。きらきらと輝き、無数の虹色の光のつぶになってゆっくりと降りそそぐ。陽の光に反射して煌めく雪の結晶のようでもあり、宝石のかけらみたいでもある。自分が大きなスノードームの中に入っているみたいだった。
「すごく綺麗……」
感嘆の吐息がもれる。いつ見ても美しいこの魔法が、スパークルは大好きだった。
見ているだけで幸せな気分になれる。
「君だけだよ。この魔法をこんなにも喜んでくれるのは」
「好きなんです。すごく」
二人で虹の光の煌めきを見つめながら、アシュレイがつぶやいた。
「スパークル。君の名前と一緒だ」
スパークルは微笑み返す。嬉しかった。
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