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陽太INアメリカ①
アメリカ最後のクリスマス休暇。
リーと再びテキサス州の牧場、ルーカスの館へ招かれた。
同じ大学のルーカスの恋人エマもいっしょだ。
来年卒業すると、日本に帰国する陽太はリーやルーカスとも離れることになる。二人は引き続き、ボストンで大学院に進むことになっている。
『陽太、目一杯楽しもうぜ!』
ルーカスの両親や兄家族に盛大に歓迎会をしてもらった。夕食は陽太の顔ぐらいの特大骨付きリブステーキがメイン。見ただけでお腹いっぱいになりそうで。あれもこれもと勧められて、楽しみにしていたデザートは入らなかった。
それぞれが部屋に引き上げ、来客用の暖炉がある部屋でソファに寝転びへそ天をしている陽太。そこへリーは他人様のお館にも関わらず、どこかから、ワインとグラス、ポテチを調達してきた。
『リー。どこから持って来たの!』
『ルーカスが用意してくれたんだよ』
『ルーカスが?』
『こんな機会は卒業してしまうと、しばらくはないだろう?お前と二人きり語り合おうと思ってさ、その意をルーカスは汲んでくれたんだ』
『あはは、そうなんだ』
リーの言いように思わず笑ってしまう。
『飲もう!陽太』
『無理、無理、何も入らない』
『そこをなんとか』
リーはワインの入ったグラスを無理矢理に渡してくる。
仕方ないなぁと、陽太は受け取った。
『ルーカスはエマとイチャイチャやってるよ、明日の朝まで出てこないさ、いや昼か?』
『そっか、それは何より』
リーは聞きたかったことを察して先に話してくれた。
陽太はエマが苦手だ。
エマもテキサスの館に行くと聞いて、招待を受けるか悩んだ。日本に帰るつもりはなかったので、寮に残り、ニューヨークの大晦日のカウントダウンに行くのもいいかなと思ったのに、リーとルーカスに半ば引き摺られるようにテキサス州ダラスにある牧場に来てしまった。
ルーカスに初めてエマを紹介されたのは、今年の初夏。学生が行くには少しだけ高いシーフードレストランだった。
エマの父方の祖父母が日系三世らしく、エマの父は見た目は日本人で、母はカリフォルニア州出身の白人。エマはハーフになる。父親似の黒髪、黒眼で、童顔。顔も可愛いが仕草も可愛い。背は陽太と変わらない。エマから告白したらしいが、最近、ルーカスも『エマは可愛い』を連発している。
最初は皆英語で会話していた。リーが席をはずし、三人になった時だった。エマがニコニコしながら、日本語で発した言葉は嫌みにも悪口にも取れるものだった。
ルーカスは日本語をおはようと、こんにちはと、かわいいしか、知らないので、全く気づいていない。
その後リーが戻り英語での会話が復活し、エマの真意を掴みかねたまま、お開きとなった。
リーは、二人がいなくなってから
『陽太、どうした?』
と、ぎごちない笑顔の陽太に尋ねてきた。明るく場を盛り上げるリーだが、意外と人の機微を捉えるのに敏感で。
『ん。ルーカスの彼女、日本語の使い方間違えたのかなぁ?』
『どういう意味?』
『男でも可愛いいとお得だねって、日本語で言われたんだよ』
『…。でも、最後までニコニコ笑って楽しそうだったから、陽太の言う通り、日本語の使い方間違えたんじゃないか?』
『うん。きっとそうだよね』
日本語で会話は出来ても、独特の言い回しやニュアンスとなると日本語は難しい。
いくら、父親が日系人でも日本に住む日本人のようにはいかないだろう。陽太はそう思うことにした。
最終学年に向けて、長期休みの間に少しでも勉強しておこうと必死だったので、エマの真意など考える余地はなかった。
9月のその日、天気は快晴。
早朝から陽太は起き出して、Tシャツにパーカー、リーと買いに行ったピチッとしたサイクルパンツを着て鏡の前に立っている。
今日はアメリカに来て初めてのサイクリングに行くのだ。
リーやルーカス、エマ、各国から来ている寮の友人たち三人、男女合わせて七人でチャールズ川沿いをサイクリングに出発する。
ハーバード橋から、ウォータタウンまでを目指す。
今までも、早朝や講義の後など、一人チャールズ川沿いの遊歩道を歩くことがあった。そんな時頭に浮かぶのはやはり日本にいる奏多のこと。
でも今日は違った。
爽やかな風を一身に受けて同世代の友と笑いながら遠くまで走るのもことのほか楽しかった。
カナダグースという名の鳥の集団に行く道を阻まれて。
じんわりと浮かぶ汗を拭くのも久しぶりだった。
日本に似た景色にびっくりし、同じようにサイクリングをしている人と挨拶を交わし。
川べりでサンドウィッチを頬張った。お腹が空いていて、当たり障りのないサンドウィッチがことさら美味しく感じた。
公園で寝転がり薄青の空を見上げながら、ルーカスとゲームの話で盛り上がり、笑いながら芝生を転げ回った。
そこに奏多はいなくて。
もちろん雄一郎もいない。
陽太と陽太を知る人しかいない。
生きていくのに奏多は必要だ。
だけど、奏多に執着するのは違う。
人を愛するって難しい。
かなたん。
僕は今、とても楽しいよ。
そんな陽太をエマが睨みつけているなど、リーに聞くまで思いもしなかった。
レンタル自転車を返して、リーと二人連れ立ってファーストフードを食べにきた。
『陽太、ルーカスと盛り上がってたけ
どさぁ、ちょっとは気を利かせろよ。何度も目配せしたのに』
『えっ、何?』
リーにその時の状況を聞き、しまったと思った。
『ごめん』
『一番悪いのはルーカスだけどな。今頃、ご機嫌とりでもしてるんじゃないか?』
リーが苦笑し、陽太も頑張って口角を上げた。
モヤモヤしたものを抱えて過ごした
一週間。
ランドリーでエマにバッタリ会った。
「あら、ビッチに会っちゃった。年上の男から年下まで幅広いこと」
日本語ではっきりと言われた。悪意の籠った鋭い眼差し。可愛い女の子でもこんな表情も出来るんだとびっくりした。
「えーと、何のこと?」
「あんたが、ビッチだと言ってんの!可愛いふりして男を手玉にとって!イアンから聞いてんだから!」
イアン…。
あぁ確かイアンも日系だった。繋がりがあるのか。
それよりも。
「エマって日本語ペラペラなの?」
「そんなことどうでもいいでしょ。ルーカスに手を出したら、承知しないんだから!」
手に持っていたペットボトルを投げつけランドリー室から出て行った。ペットボトルは避けれたけど、蓋が開いていて、中のジュースが四方八方に飛び散り、ベトベトになった。
洗濯をしに行ったのに、洗濯物を増やし、掃除をして、自分も洗う羽目になった陽太。
なんでやねん。
リーにベトベトになったところを見咎められ、遭ったことを話した。
リーは
『怖っ』
と言ったきり沈黙。何かを考えているそぶり。
そして。
『陽太、エマのことは俺に任して』
『でも』
『それとルーカスと会う時は絶対俺と一緒な』
『リー、どうするつもり?』
『ルーカスに彼女を大切にしろと忠告するだけさ』
『それでおさまる?』
『大丈夫さ』
リーのわざとらしいウィンクに思わず吹き出した。
翌日、リーとルーカスと三人で会った時にルーカスから謝られた。
リーを見ると親指を立て、ニヤリと笑った。
リーは仕事が早い。
それから、偶にエマが遠くにいるのを見かけたが、近くに来ることもなく、何もなかった。
その後、陽太は日本へ一時帰国した。
ボストンへ戻ってきてからもエマとの接触はない。ルーカスとリーと三人で会うことは何回かあったが、その際もエマはいなかった。
牧場に来てからエマとは英語で会話している。口汚く罵った女性と同一人物とは思えないほどの可愛い女性だ。
今のところ、何も起こっていない。
『リー、今更だけど、エマのことルーカスに何ていったの?』
陽太はワインをちびちびと舐めながらリーに尋ねた。
『あぁ、あれな。いや、ルーカスにはエマが陽太にヤキモチ妬いてるから、なんとかしろと』
『はっ?それって、えっ?』
リーはグビグビとワインを飲んでいる。それ、ワインだよ?
『つまりだな、ルーカスは元々はお前が好きだったの。アニメに出てくる美少女に似てるとか何とか言ってたな』
『初めて聞いたんですけど』
『ルーカスって分かりやすいから、お前以外の親しい奴は皆知ってたぞ』
『はっ?うそ』
『うそなもんか。で、陽太とエマは似ているだろ?ルーカスがエマと付き合いだしたのはそーいう理由じゃないか?』
『それって、アニメの美少女に似ていたら誰でもよかったの?』
『陽太の場合は似てる以上に気があって楽しかったんじゃないか?エマの場合はエマからの告白だったんだし、単純にアニメの美少女に似てるからオッケーしたんだろ?』
『それって何だか嫌だ』
『ステデイな関係になるって、最初はそんなものだよ』
『……。わからない』
陽太は奏多と恋人になるまで悩み苦しんできた。今回も本当に腹が立って早々にボストンに戻ってきた。
今でも怒っている。
本当に悩みは尽きない。
それでも一生傍に居たいと思ってるが。自分とは明らかに違う付き合い方に戸惑ってしまう。
黙り込んだ陽太に慌ててリーが話しかけてきた。
『ルーカスにはヤキモチ妬かないほど、エマを抱き潰せと言っといた』
『リー』
陽太の咎めるような声色にバツが悪そうなリー。
『だけどさ、陽太に手を出すなと怒るより、俺はお前しかいないと抱きしめる方が安心するんじゃないか?』
確かに一利あるかもしれない。
しれないが。
陽太は急に顔が熱くなってきた。
暖炉に当たってるからなの?
ワインを飲んでるからなのか、わからないが。
『まぁ心配しなくていいよ。ルーカスが大丈夫と思ったから、今回はエマも招待したんだろ。上手くやるさ』
とリーは話した。
そうだといいな。
陽太はワインをグビっと一口飲んだ。
それからは、大学の教授のこと、将来のこと。今流行ってる配信サービスのドラマの事。
夜が深まるまで話した。
しかし。
陽太の願いは虚しくも荒野の風にケチョンケチョンに吹き飛ばされた。
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