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01-01 オーバーチュア / side 麻生聖
目の端にちらちらとオレンジ色の光が霞む。このカーブを越えればすぐにトンネルの出口が見えることは知っている。出口を抜けると目的地である空港に到着することも。
慣れない車のハンドルを軽く握り直し、もう何度目かというほど未練がましく『やっぱりこの仕事受けなければ良かった』と麻生聖 は胸の中で呟いた。
エアコンが効きすぎていると思って緩めたばかりなのに、もう車内の空気を重く感じる。同じくこれから会う相手のことを考え、気持ちもじっとりと重量を増したように感じた。
夏の日差しが眩しい光の中に飛び出すと、もうそこには空港に繋がる立体スロープが見えた。
小さな地方都市の空港はエントランスの目の前が駐車場で、車を停めるとロビーまでそれほど時間はかからない。軽く背中に汗が浮かんだのを感じながら麻生は車寄せターミナルを横切り、白い建物に向かって歩いた。自動ドアが左右に開くことさえ先を急かすようで余計なことに思ってしまう。
生真面目な性格柄、仕事の時間には一度も遅れたことがないというのに、飛行機の到着時刻はすでに過ぎていた。
「手塚くん?」
「あ、はぁ」
声をかけると、立ち上がることもなく挨拶の一つもせず投げやりな視線だけを寄越し、気の抜けるような低いトーンで男が答える。
ーー やっぱり断ればよかった。
予想通り手塚佳純 の印象は最悪だった。秀野悦士 がどうしてこの男を選び、自分に託したのかさっぱりわからない。
どこの業界にもあるしがらみというやつか、それにしてももう少しマシなやつがいただろうと、気怠い表情を隠さない手塚への不満を自分の中だけに留めつつ、僅かに笑みを作る。
一応芸能人であるだけあって、それなりに整った顔ですらりと長い足を組んで座る姿は地方の空港では目を引いた。ぐっと気持ちを飲み込んで、親しみを込めた声でゆっくりと手塚に話しかける。
「待たせた?思ったより道が混んでてちょっと遅れたけど」
「別に…」
気を使われたいわけではないが、仕事相手に向かってその態度はないだろうと麻生はさらに憤る。
ーー どこのアイドル様ですか!?手塚佳純って名前からしてアイドルぽくないし。態度超悪いし華ないし、絶対売れない。絶対消える。
普段よりも余程子供っぽい言葉と思考で盛大に毒を吐いた。苛立ちを自制できないことに、余計にイライラした。
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