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01-02
それでも、どうやったって一週間一緒に過ごさなければならないのは今更もう避けようがない。それならば、当たり障りなく接するのが得策と瞬時に判断する。
仕事をスムーズに進めるのが最優先。ビシネスライクな関係でありながら、この男の機嫌に左右されるのも大人気ない。
こんな考え方がそれなりに経験を積んできた結果かと思うと自分にうんざりした。
「ならいいんだけど、ね」
怪我をしてからこんなことが多い。役者をしている頃はもっと自分に対して正直だった気がする。もうその感覚はうっすらとしか思い出せないのだけれど。
目指すところは明らかで、まだ遠い一歩と思われる小さな出来事や行動にさえ、目標に近づく実感を得る喜びがあった。何かが違うと思った時には、とことん自分の感情に付き合ったし、利害関係なく周囲の人たちにも話した。
時に誰かに厭われても気にしないほど、仲間と呼べる友人たちがいたし、不器用なりに前向きな麻生を可愛がってくれる人もいた。
名もない端役をこなす日々の中で、やっとステップアップとなるだろう役を得た矢先、仕事帰りに乗っていた自転車で交通事故に遭った。深夜のタクシー運転手が注意力散漫になって起こった巻き込み事故。
時間が経つにつれてもほんのわずかではあるが歩き方が不自然なままで、役者を続けるのは難しいという結論を出した。怪我の程度はひどくはないが、実績が少なく足に不安がある麻生でなくても他に同レベルの役者はいくらでもいるということだ。
事務所の担当者が言う『しばらくゆっくり休んだら』という意味をやっと受け入れた。先の仕事は全てキャンセルされていて他にどうしようもなかったのに、わからないふりをしていたのは自分だった。逃げて見ないふりしても、どこにも行くところなんてないのに。
近しかった誰もに腫れものにでも触るように微妙な距離を置かれ、自分から会いたい人もいなくて家に引きこもりがちになった。
でも働かなくては生活できないから、事務所が好意で斡旋してくれる簡単な短期アルバイトを細々と続けるばかりの日々。この先どうするのか考える事を放棄し始めた頃から時間も風景を意味をなくして、一年近く過ぎていた。
あの日、資料整理に行ったアルバイト先のテレビ局でばったり知った顔を見つけた。知ったどころか全国に知れる人気俳優、秀野悦士が気さくに話しかけてきた。
ドラマや映画でここ数年顔を見ない時期は全くないんじゃないかというほどの人気ぶりの男がひらひらと手を振っている。かつての役者仲間に会う可能性はいつでもあったが、この男だけには会いたくなかった。
『おー聖。久しぶり。最近どうしてんの?』
以前と変わらない屈託ない笑顔を向けてくるのを、余計に胡散臭く感じてしまう。世間では誠実で落ち着いた雰囲気、時折面白いことを言って笑わせるのが意外性があって可愛いなんて言われているが、実際は全体的にふわっと掴み所のない、へらへらした男だ。
軽く無期限休業中を伝えると、お前ついてねーなーと小さく笑って秀野は言った。
『時間あるんならさー、俺の映画手伝ってよ』
馬鹿にされた気がして黒いもやもやした感情が胸を占めて行く。壁に拳を打ちつけたい衝動を抑え、後日返事をすると伝えた。
ーー 役者ができなくてもやっぱり映画からは離れたくない。前に進むんだ。お前はいつまで同じところでくすぶってる?これを掴まなければ今後チャンスが巡って来る確率は限りなく低い。
『俺にやらせてください』
同じテレビ局のガラス張りのカフェテリアで秀野に頭を下げた。そう、自分で決めたんだ。どんな仕事でもやってやると。
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