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気持ちを切り替え、目の前にいる手塚に一気に吐き出すように言葉をつなげた。
「今回の撮影の方言指導と滞在のアテンドをする麻生聖です。本読みの時にも会ってるけど、手塚くん、多分俺の名前覚えてないでしょ。秀野さんとマネージャーの木原さんからだいたいのことは聞いてるよね。撮影チームが入る一週間後まで俺とふたりだから、遠慮なく何でも言って」
今回の映画では方言指導は男女ふたりで、それぞれの性別の台詞を担当した。脚本の方言の部分を書き直した後、全員分の台詞を録音して渡す。稽古やロケには大抵どちらかひとりが立会い、イントネーションを確認したり、監督や俳優の相談にのることもある。
ただ一緒に組んだ女性がスケージュールの都合でロケには行けず、その代わり稽古を担当したいと希望したので、麻生は一度だけ付き合い程度に稽古場に顔を出しただけで、手塚とは本読み以来の顔合わせだった。
歳は二十五だと聞いている。歳相応の礼儀がなっていないし、以前の本読みでも仕事に対する真剣味もセンスも感じられなかった。何より役者としての魅力がひとかけらもない。
『アイドル』なんて呼ばれる人種に期待などしていなかったが、これほどまでのステレオタイプだとは思っていなかった。
自分は道からそれたのに、どうしてこんなやる気のない男が演じることができるのか。しかも第一線で。こんなちゃらけたライトな映画には出たくもないが、自分が演るならもっと上手くできるはずだ。
一度吹き出すと不満が溢れて止まらない。
スポンサーやらの意向があったとしても、秀野だって初監督映画の看板にそれなりのやつを選べなかったのか。だいたいどうしてこんなアイドル映画を撮ることになったんだ。かつて自ら、あれほど青いとも言える夢を恥ずかしげもなく語っていたのに。ーー 自分の映画が撮りたい、と。
ふと秀野が自分に向ける柔らかい笑顔が記憶の中から浮かぶ。今の含みのある表情ではなく、かつて仲が良かった頃の自然な笑み。若気の至りでバカみたいに、どんな役者になりたいだとか好きな映画についてだとか、オチも終わりもなく散々喋った、あの頃の。
思い出すのは久しぶりで、自分は何に苛立っているのかと、少し冷静になる。
最も怒りを覚えているのは、ずっと目指していた先に立っていない自分に対してだ。薄っぺらなアイドルの手塚や売れ路線に転向した秀野は関係ない。
絡まった糸を強引に引っ張って余計にぐちゃぐちゃにして後悔するときみたいな気分が残る。
仕事に徹することを覚悟し絡まる感情を丸ごと飲み込んで、手塚をパーキングに促した。
むんと熱い湿気を吐き出すアスファルトの上を、手塚は小さなスーツケースとブランド物のボストンバックを手に涼しい顔で麻生の後をついてくる。ビル群の谷間に淀むうだるような暑さと比べれば、田舎びた潮気を含む熱風などなんということもないのだろう。
こちらに戻って家ではまだエアコンさえつけていなかった。昔からこんな感じだったのだろうかと思い出そうとするのだが、よくわからない。ただ体に馴染むということだけがわかる。
正直に言うならば、方言指導という仕事を受けておきながら地元の言葉など忘れかけていた。時々ふと方言は口をついて出るけれど、それが幼い頃より自分が喋っていたトーンなのか、関西弁につられたイントネーションなのかわらない。
知った土地にいると水を吸い込むように自然と親しんだ言葉が口をついて出てきて安心した。
『お前の地元で撮るからさー、聖、方言、担当してよ』
あの日、秀野の言葉に麻生は思わずはっと息を飲んだ。
『言ってただろ?俺、絶対映画撮るって』
秀野はさもない調子で、ペラっとした軽薄な笑みを浮かべた。
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