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 車の後席ではなく、手塚が助手席に乗り込んだことに、多少の常識はあるらしいと麻生はほっとする。運転手よろしく後部座席に座られたらどうしようかと思った。  まだ完全には慣れていない手順で車を発進させる。地元に戻った頃はペーパードライバーに運転ができるのかも怪しかったけれど、田舎道をしばらく走らせていると不安もなくなり、感覚をひとつひとつ思い出すように車の動きがハンドルとともに手に馴染んできた。  運転の慣れなさひとつに、手塚のことをどうこう言う資格も自分にはないのだと思い知る。役者でもない自分が、確かな知識や確信も持たず演技指導をしようというのだから。自分の気持ちにフォーカスしていたら、突然話しかけれれて必要以上に驚いた。 「麻生さん、でしたよね?」 「ん?そうだけど…何?」  微妙にしか名前を覚えられてないことは仕方ないとして、どうしてそこから始まる?と思いながらも、もうこいつには諦める他ないと、続きを待つ。 「俺、撮影の一週間も前から一人で現場入って何するんですか?」 ーー はぁぁぁああああ!!??何でも言えって言ったけど、今更そんな質問!?  麻生は思わず声を荒げそうになるのを理性で抑えた。  分かり合えなさを現実よりも小さく見積もっていた自分自身に絶望する。方言指導の仕事は受けるにしても、一週間前乗りして手塚を何とかしておいてくれという秀野の頼みを断らなかった自分を呪う。  先の信号が変わるのを遠目に確認しながら、赤いランプが灯るに合わせてブレーキをゆるやかに踏み、間が空くのもかまわず心を落ち着かせてから言った。 「まず今のに突っ込むとしたら、キミ、一人じゃないから。何のために俺がいるんだと思う?」 「キミとか微妙な感じで呼ばれるの好きじゃないんで、名前で呼んでもらえます?苗字でも名前でもどちらでもいいんで」 ーー そこかよ?お前の名前なんて今のショックで忘れたよ!質問には答えないで、そういう主張はちゃんとするわけだ?!  運転に差し障らない程度に深く息をつく。 「一週間後にここから近くの島で映画の撮影がクランクインになる、それはわかってるよね、手塚くん」  苛立ちを抑えようとするあまり、小学生に諭すような嫌味がましい口調になるのを止められない。 「えぇ、もちろん」 ーー 何がもちろんだ!アイドルごときが演技を馬鹿にすんな!自分の持ち場だけ守ってりゃいいんだよ。歌って踊ってろよ! 「手塚くんは瀬戸内海にある島出身の青年の役。この映画の主演だろ」 「主演?主演は槻山嶺奈(つきやま れいな)でしょ。俺はとにかく目立つなって言われて仕事受けたんですけど」  いろんなタイプの人間には今までも会ってきたが、これほどまで会話が噛み合わない相手に会ったのも初めてだ。 「あのね、演技って下手でも目立つんだよね。悪目立ちしてマスコミで取り上げられたりするわけ。それに役者はどんな役だって真剣に演じるのが仕事なんだよ」 「はぁ。で、一週間何するんですか?」  気の抜けた返事にため息が出そうになって、秀野の言葉を思い出す。 『人気俳優が監督するチャラい映画、滑るの間違いなしってクランクイン前からマスコミに叩かれてんだよね。ひどくない?聖、俺を助けろよ。主演の佳純、一週間前乗りさせるから、面倒見てやってくれない?』  手に余って麻生に押し付けたというところか。  槻山嶺奈にしても、ドラマで偶然一本当たっただけの大根女優だ。ぼやっとしているだけの女を、透明感の中に揺れる不安定な美しさとか形容されても麻生にはさっぱり理解できない。  叩かれて当然、こけて当然の映画だろ、誰か止める奴はいなかったのかよ、…と、手塚のせいでまたどうしようもない方向へ憤りを向けてしまった。

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