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 ギャラは俺のポケットマネーから弾むからと言われ、またバカにされた気がしたが、齢三十にして持っているものすべてゼロになり、先のないバイト生活を変えようと思えば選択肢は他になかった。 「俺が吹き込んだセリフ、ちゃんと聞いてる?」  俳優に対するスタッフの適切な口のきき方ではなかったが、もうどうでもよくなった。 「一応…」 ーー 一応、じゃねー!百回聞け!それでも足りない。USBメモリ壊れるまで再生しろ! 「東京での稽古はどうだった?役掴めてきてる?」 「…なんとなく?」  なんでそこ疑問形なんだよと、ぐったり力が抜けそうになる。 「……ま、クランクインまでやれることをやっていこう。この映画は島の雰囲気が重要な演出になってるから、一週間島で生活したら土地に対する感じ方も変わってきて、それだけでも多少演技が違ってくる。目立つなって言われてるんなら、映画にとことん紛れこめ。外した台詞ひとつで、観客は案外気づくよ、こいつ下手くそだって」 「アイドルの演技に、はなから誰も期待してないでしょ」  思わず漏れた本音に、眉ひとつ動かさずしれっとした顔で返された。 ーー お前が言うか!てか、自分でアイドルっつー歳か!仕事だよ、仕事!嫌味くらいしおらしい顔で聞けよ! 「麻生さん、ただの方言指導なのに随分口だしますね」  あまりの尊大な口の聞き方に、麻生は自分の耳を疑った。車窓の向こうにあるぼんやりとした田舎の風景とのギャップに失礼な言葉の意図を掴みかねる。 「はっ?俺は秀野さんに頼まれたんだよ。一週間でお前の演技を何とかしろって」 「随分信用されてるんだ、秀野さんに」 「お前が信用されてないんだよ!」  我慢も限界で、思わず吐き出してしまった乱暴な言葉に軽い後悔を覚えた瞬間、手塚は今日初めて表情を変え、くすりと笑った。涼しげな薄い二重の切れ長の目が緩やかに弧を描く。くすみのない唇の端がわずかに上がったところに焦点が合った。 「まーそうですよね。このアイドルごときがってみんな思ってるんでしょうから。麻生さんもそんな表面繕わないでいいのに。みえみえだから」  言い返す言葉を考える間も無く、後ろからクラクションの音が響く。信号はとっくに青になっていた。

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