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01-06
交通事故を起こすんじゃないかと思うほど適当な運転で手塚をホテルに送り届けた後、今日の仕事が終わっていないことに唸る。
この後車を実家に返して、地元スタッフと懇親会という名の飲み会がある。自分なりに考えた手塚を方言の台詞に慣れさせるためのアイデアだったが、今となっては死ぬほど面倒臭い。
経費で落としてやれと、投げやりな気分で車をホテル近くの駐車場に入れた。手塚を迎えに行くまで時間ができて、どこに行こうかとあたりの店に頭を巡らせた瞬間、ボトムスのポケットに入れたスマホが震えた。
「どぉー、聖?よっしーと仲良くやってる?」
三十過ぎて、この人を食ったような喋り方、全くこの人は…と、必要以上に快活な秀野の声にどっと疲れが増し、怒りさえ覚える。
「秀野さん、なんか俺、嵌められた気分なんですけど。何であいつが主役なんですか?」
「よっしーねー、意外と根性あるし、可愛いとこあるよ」
「可愛げ?!全くないですね。ド下手くそでやる気ない上に態度も悪いし。会った途端、誰も自分の演技に期待なんてしてないって言い切るんですよ」
携帯の向こうから盛大な笑い声が聞こえる。
「お、初日からディープな会話して仲良くなってんじゃーん。それを何とかするのが、聖の仕事でしょ。よっしー、いじったら面白いよ」
「面白くないです!俺、無理ですよ。あいつを何とかする自信、一ミリもないです」
「またまたー。聖が一度仕事を受けたら、どうやったってとことんやり切るの知ってるし」
「それは自分の演技の話で、他人のことは無理です」
答える気もなく煙に巻くかのように、秀野は温度のない笑いを漏らす。
「よっしーね、コレこけたらグループから切られるらしいんだよ。『祝・ご卒業』ってやつ?俺、責任重大じゃん?聖はさ、情が厚いから面倒見るの適任だと思うんだよね。俺にもよっしーにも恩が売れるよ。助けてよ」
よくもあんた、そんなこと言えるな。それに、あの男が首になろうが自分には関係ない!…と思いながら、乱暴な言葉を飲み込む。
「この映画だけが理由って訳じゃないでしょう。自業自得ですよ」
「俺の映画がコケると思ってんのかよ?ひでーなお前。冗談じゃねー」
どこまで本気なのだかわらかない、ふざけた調子で騒ぎ立てた後、急に声のトーンを変える。
「撮影の一週間前に現地に入れたら、お前何する?あいつにお前が教えられること、教えてやってよ。それだけでいいから」
神妙に響く声色で言われたが、相手は俳優なのだから言っていることのイメージが本当の気持ちを表しているとは限らない。信用ならない。
これから打ち合わせだからと向こうから唐突に通話を切られた。本当に三十路かよと、出会った時から変わらない秀野らしさに、ほっとしたのか呆れたのか。すぐにそれ以上に自分自身に呆れた。
あの頃語った青臭い夢のようなものに近づいたのかはわからないが、秀野が自分よりもずっとずっと先を歩いていることは明らかだ。
駐車場の端にある自販機でペットボトルの水を買った後、すぐに手塚の名前をスマホで検索をかける。
グループ名『シャイニング・フューチャー』略して『SF』。あまりにもなネーミングに思わず吹いて、久しぶりに本気で笑った。
イメージ検索に切り替える。
金髪に近い明るい髪色に目を囚われる。本読みの時はすでに気にすることもないほどナチュラルに落ち着いていて、こざっぱりと短めに整えられていた。写真ではもっと長い上に前髪がうっとおしくてチャラい。
それ以上に、これが今日一日ほとんど表情筋を動かさなかったやつと同一人物かと疑うような顔が、そこにはあった。
分かりやすく甘ったるい笑顔、色気を滲ませ挑発するような視線、狙ったのであろうが、てらいのないリラックスした表情。
知らない顔をする手塚がスクロールダウンに合わせて次々スマホの画面に現れる。
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