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02-04
この道を選んだ理由は『下心』と言って間違いない。むしろそれだけだった。
二十歳の俺、ほんとバカだなーと、時折思い返す。正確には二十歳になる少し前、大学二年になったばかりの頃。
手塚は同性にしか興味がなかったがそのことで悩んだことはなく、持ち前の器用さとそこそこの見た目で相手に困ることもない。のめり込まない手軽な付き合いが手塚には合っていた。
ダンススクールで仲良くなった三つ年下の神崎は、スクールでもちょっと話題になるような垢抜けた雰囲気を持っていた。ふわっとした甘さがある顔立ちで『よしくん、よしくん』と懐かれて嫌な気はしない。
スキンシップ過剰にまとわりついてくるけれど、踏んだ場数の勘で絶対ストレートだと思っていた。ノンケを落としたこともなくはないから、淡い期待を抱きつつ手を出すには至らない。
「よしくん、今日この後空いてる?」
ダンスレッスンの後更衣室で着替えていたら神崎の方から声をかけてきたから、ちょっといい展開に持っていけないかなと瞬時に考える。まだ汗ばむ手塚の腹を神崎はぺたりと撫で、いい体だなー、毎日筋トレやってんの?と無邪気に煽ってくる。
「俺の体、細過ぎてやなんだよー。なんかね、なよっていうか、ひょろっていうか、薄くてやだ。最近背がまた伸びたから余計貧弱に見えるんだけど」
べらっと躊躇いなく今着替えたばかりのシャツを下から捲り、細い腰を晒す。
「歳もあると思うよ。多分そのうちバランスとれてくるよ。今も神崎はスタイルいいと思うけどな」
腰の位置が高いし、すんなり伸びやかなラインも綺麗だし。触りたいなー、いや本気で抱けたらいいんだけど…と、不埒なことを思いつつ、男にしてはキメの細かい肌から目が離せない。
そんなことも知らずに神崎は「ほんとにー?俺、よしくんみたいになりたいなー」と可愛いことを言って笑った。
ちょっと個室っぽいカフェがあってさーと引っ張っていかれ、これはいけるかもとますます気分を上げたにも関わらず、話は予想もしない方向へ飛んで行った。
「俺ね、スカウトされたんだよね」
「…スカウト?読モとか?」
半個室に小さく仕切られたカフェは、あちこち小さなシャンデリアが吊るされていて、いかにも女の子が好みそうな空間だ。メニューもスイーツ系が充実している。席にはクッションがたくさん置かれ、男ふたりでこのシチュエーションは微妙だと思うのだが神崎は全く気にしていない。柑橘類が混ぜ合わされたらしい複雑な味のアイスティーを手塚は口に含んだ。
「歌って踊る系」
「ぶほっっ……はっ?もしかしてアイドル!?…ってまじで?」
思わず目を見開き、声のトーンが上がってしまった。本当に逆流しそうになった液体で、鼻がツンとする。
「アイドルっていうかダンスグループなんだけど、その辺括り曖昧だしね。俺もね、怪しいと思って調べたんだ。でも普通にちゃんとした事務所だった。で、今オーディション出てんだよ。もう俺が選ばれるのは決まってて、グループの他のメンバー選考してんのね」
「で?」
大きくて黒目がちな瞳、細い鼻梁、形のいい唇。正統派の可愛い系美少年と謳っても、なかなかクレームもつかないだろう。明るいというか、賑やかというか、次々変わる豊かな表情は小動物のように愛らしい。ふわっとしたボリュームを出した髪型でも頭はちっちゃいし、背が伸びたせいでスタイルも飛び抜けてよくなった。
確かに神崎ならその辺のアイドルグループに紛れても違和感がない。それでも唐突な話に全く実感が湧かず、先を促す。
「大体メンバー固まってきてるんだけど、キャラ的にクールでダンスちゃんと踊れる人が欲しいんだって。誰か知ってるかって聞かれてさー、俺がスクールで結構本気でダンスやってるのも言ってるから、周りで目立つやついないかって…で、で、よしくんだよねっ!」
「無理無理無理無理!」
間髪入れず返して答え、手塚は手をブンブン振った。
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