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02-05

「無理じゃない!!もうねー、めちゃめちゃクールでカッコよくて、ダンスキレッキレの人知ってるって言っちゃった!」 「そんなん言われて自分から行けるかっ!」 「だって、よしくん、ダンスで食べていけたらいいなーって言ってたじゃん。チャンスだよ」 「言ったけど、だといいなー、いいけどなー、みたいなもんだよ。俺、アイドルとかいう顔じゃないし、全然無理!もう二十歳だし歳行き過ぎ」 「だからアイドルじゃなくてダンスグループだってば。即デビューじゃなくて最初は研修生で、プロ向けのレッスン、タダでバンバン受けられるんだよっ。デビューできなかったとしても美味しくない?」 「えぇー、それは魅力的だけどー。それでも無理っ!絶対無理っ!」 「お願い、よしくん!よしくんと一緒だったら絶対楽しいと思うんだ。心強いしさ。よしくんのダンス、すごいカッコよくて、俺めちゃくちゃ好き!」  目の前の神崎は手塚の手を両手で握り、すりすりと頬を寄せてくる。ふにゃっとした唇が触れるほどに。こいつ俺が狙ってんのわかっててやってるんじゃないだろうなーと疑うほどに子犬のような愛らしい瞳で懇願するように見つめてくる。  自分なんて審査にも引っかかるはずがないからまぁいいかと、神崎を満足させるためだけに事務所に一緒に行く約束をした。  それから急展開して、怒涛のように日々は流れ今に至る。結局、神崎を一度も抱くことなく、仕事のランクに差がついてしまった今も兄弟みたいな関係で仲がいい。  その一方で『シャイニング・フューチャー』は最初から知名度を上げた後ソロでバラ売りするためのプロジェクトで、事務所はぱっとしない手塚を持て余している。  歌とダンスはできて当然、演技にグラビア、ラジオ、バラエティ他、手塚にはお試し的な小さな仕事が山ほどくる。休みなんて長らくもらっていない。  なにか芽が出るものはないかといろいろやらされているのだろうが、もはやそこには戦略も何もない。手当たり次第、未知の可能性だけを期待して闇雲に飛び込んでいくだけ。  立ち止まれば何をやってもどこにも辿り着けない焦燥感に襲われる。方向性の定まらない仕事を、とりあえず目の前のものから必死にこなす。もうどちらを向いているのかさえわからない。  そんな中、人気俳優、秀野悦史が初監督を務める映画の主演というのは、いきなりステップアップし過ぎで、手塚には手に余る仕事だ。なぜだろうという疑問の答えはすぐに噂として耳に入った。  元々神崎のところに来た話だったが、もし映画がコケたら映画初主演の神崎のダメージは大きい。秀野は多くの映画にも出ているけれど、ヒットしたテレビドラマから派生ものの方が多く、映画畑の人という印象が薄い。実績のない秀野の映画は前評判からして悪かった。その代わりネガティブな方向でメディアは盛り上がり、注目度は上がっている。  噂どころか、事務所のスタッフから面と向かって「手塚なら映画の評価がどうなろうが矛先は向けられないから、とにかく目立たなければ大丈夫」と言われた。 『シャイニング・フューチャー』が近く解散するという話も頻繁に上がるし、その前にメンバー入れ替えしてテコ入れなどという噂もあり、手塚はじりじりと追い詰められていた。  映画撮影のために手塚のスケジュールはがっつり空けられている。地方ロケの一週間前から前のりという話が入った時も、どうぞどうぞという感じであっさりひとりで送り出されてしまった。  大量の仕事も、どうしても手塚がやらなければいけないというものは最初から何もないのだということを思い知らされる。  ツアーの時期でもなく、他のメンバーはそれぞれのソロ活動で忙しい。  いっその事、芸能活動なんてやめてしまって別のことを一から始める……全く想像がつかなくて、考えることをすぐさま放棄したくなる。  濡れたままの髪が気になりながら、ごろりとシーツの上を移動する。  畳に放り出したままのトートバッグのポケットからワイヤレスのイヤホンを出し、耳に差し込む。スマホの画面に指を滑らせるとすぐ、録音された映画の台詞が再生される。  目を閉じて、麻生が喋る台詞を聞く。  東京から訳ありで瀬戸内の島にやってきた主人公を励ましながら恋に落ちるという役柄だ。映画素人が聞いても危なげな話だと感じる。本気でやばいかも…と思いながらも、麻生の優しい声はぽたんぽたんと耳から体に染み込んでいく。 『ここから見る海、俺めっちゃ好きなんや……』  長らく止まることが許されなかった世界で、初めてぽんとひとつのことにだけ集中すればいい時間をもらって、心が追いつかないのだと思った。声の後ろに、ささっと柔らかな波の音が聞こえた気がした。

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