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03-05
秀野の紹介で麻生は事務所に所属し、芝居のレッスンを受けながら高校生の時にやったエキストラよりは多少目立つ役を無難にこなした。秀野の仕事が以前よりも増え、間近にその打ち込みぶりを見るにつけて、中途半端な自分が嫌になり思い切って大学を中退した。
東京の大学までやったのに…と両親には事あるごとに言われ、関係は険悪になった。もう縁を切るから二度と帰ってくるなとも言われた。
しばらくして突然かかってきた電話で聞いた母親の声は弱々しく、最近父親が肺を切る手術をしたのだと知らされた。
『うちの墓の場所教えとくけん、今年の夏は帰っておいでや』
実家とは関わらないようにしていたけれど、そう言われて帰らないわけにはいかない。子供の頃、両親に連れられ墓参りに行ったことはあっても、思えば、そこがどこなのか知らない。
一人っ子だからある程度の覚悟はしていたが、墓守を頼まれる歳に自分がなっていたのかと気分が沈んだ。
最近浮かない顔してんなーと秀野に言われ、事情を話すと「ロケハン、ロケハン」と軽い調子で実家までついてきた。
「うおーーー島、めちゃくちゃいい!海綺麗!えーーっ!超いい映画が撮れそうじゃない?」
「だろ?」
秀野のはしゃぎっぷりに、憂鬱だった帰省が一気に違ったものになった。排他的な土地柄なのに客人は手厚くもてなすという慣習からか、秀野がいることで両親も始終笑顔で、仲違いしていることなんて忘れそうなほどだった。
案内する場所ひとつひとつに秀野は映画のアイデアを無邪気に伝えてくる。それに対して、ずっと溜め込んでいた自分だけのイメージを言葉にして紡ぐ。ポンポンと跳ねるような会話が心地よく、秀野の思いっ切り笑った顔を見て、心から笑い返す。
麻生にとって海で閉じ込めるばかりで退屈だった島が、違う景色を見せ始めた瞬間を思い出していた。どこにでも行けるんじゃないか、高校生の時感じた開放感が急速に広がっていく。
先の見えない役者を目指すことや両親との不仲、そんなことに対する迷いや不安は消えて、自分らしさを取り戻して行く気がした。
「もう明日帰るのか。もっといれば?」
よく一緒にいても四泊も続けて過ごしたのは初めてで、あまりの楽しい時間がもうすぐ終わることに、子供が感じるような寂しさを覚えた。
秀野相手だと、自分が少し子供っぽくなるのを知っている。どこまでも受け止めてもらえると錯覚するような寛容さと甘さが秀野にあるからだ。
「仕事が入ってなければなー、まだまだいたい。俺ずっと東京だから、田舎に帰省って新鮮。また一緒に帰ってこよう」
『また一緒に帰ってこよう』
秀野が選ぶ自分をほっとさせる言葉が好きだ。この島を気に入ってまだいたいと言っているのに、自分ともっと一緒にいたいと言われているような気になる。
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