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03-04

 最終上映になんとか間に合い、映画を観て興奮冷めやらぬといった感じで近くのカフェに入った。 「何にも起こんない話だったなー」  関西のある地方を舞台にした映画で、淡々とストイックな風景映像をつなげて主人公の不安定な心情を表し、感情を揺さぶる演出はすごいと思っていた。確かになんの事件も起こらない。秀野のぼんやりとした言い方に、興奮していたのは自分だけだったのかと冷めていくのを感じる。 「何にもないのにさ」秀野が続けた。「最初と最後じゃ同じ画見せて全然違う印象与えるのとかすごいよな。あの川の流れ追うとことかヌーヴェルヴァーグっぽくない?」 「それ!よかったよね!綺麗な川なんだけど、あえて叙情的に撮らないで淡々としてるよね。なのに余計感情が伝わるっていうか…不思議な気分だった。あと干したシーツで視界が遮られるところとか、絶妙なタイミングじゃない?やっぱ今日観てよかった」  その後は次々と好きなシーンを挙げて、ほとんど喋っていない時間がないというほど興奮気味に話し続けた。  カフェオレのカップを口に運びながら、秀野はふふっと小さく笑う。 「なんで今笑ったの?」 「え、楽しいなって思って。一緒に喋るの」  やたら見目のいい男に、にこっと甘さのある笑顔を向けられ、今さらながらどきっとした。素直な言葉はすっと人の心に入ってくる。女の子ならこれだけで好きになったりしてしまうんだろうなと妙に感心する。つい自分も好きな映画について話すことができて嬉しいと言いそびれた。  店が閉まる時間まで散々言いたいことを言い合った後、地方から来ているのだと告げたら、こともなくうちに泊まればと誘われた。  その日初めて会ったのに下北沢の線路脇の小さなアパートでひとつのベッドの端と端で眠った。床に転がったって平気なのに、上で寝ろとどちらも譲らずこんなことになってしまった。灯りを消してもぼそぼそと映画の話を続け、なかなか終わりにできなかった。  あとから知ったが、その時すでに秀野は名前のある役をいくつかこなす新人俳優だった。麻生たち素人エキストラの中に秀野が紛れていたのも、最初から寄りで抜くためだったことが完成した映画を観てわかった。  三つ年上で、すでに役者として生計を立てているのに、秀野は地方の高校生相手に全く目線を変えることがない。 「俺なんかぜーんぜんまだまだ。やっと名前ついたちょい役もらえるようになったばっかだし。でも、この仕事めちゃくちゃ好き。どこまでやれるかわかんないけど、ずっと続けたいんだ。聖も東京来いよ。絶対その方が仕事あるから」  秀野の言葉に背中を押されたようなものだった。  それでも思いきれなくて、東京に出る言い訳になる程度の大学を受験した。落ちたらどうやってでも東京に行こう、そう決めて。結果麻生は進学を理由に上京した。  映画やテレビドラマでちょこちょこ姿を見るようになっても秀野の態度は変わらず、暇さえあれば一緒に過ごした。性格が合うのか秀野といるのは心地いい。話も尽きることがない。  秀野のマンションに入り浸っていても、迷惑ではないだろうかと麻生が考えたこともないほど二人でいるのは自然だった。

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