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 島に戻るとあっという間に日常に絡めとられる。だけど見慣れた風景は少しだけ変わった。  学校に行くために乗る連絡船も、ここに人の物語ができるんじゃないかと空想する。毎日色を変える海を見て誰かが思いを重ねるんじゃないか、誰かにかけた一声が時と距離を経てどこかに届くんじゃないか。  実際にはそんなことなくても、誰に伝わることがなくても、気持ちは随分と軽くなった。反対に保守的、封建的な土地柄と家にがんじがらめにされている自分を嫌ほど感じた。映画を作る仕事がしたいなどと両親に言いもすれば、正気の沙汰ではないと思われるだろう。  ただ今は、これから続くまだ見ぬ未来があると信じられるだけで救われた。  ここにとどまるなら老後まで見えてしまいそうな、この先。島での生活を軽んじる訳ではないが、怖かった。跳躍さえすればあちら側には世界がある。同時にそれも怖かった。でも一歩だけ足を踏み出せた。  エキストラに応募したり、地方で開催される小さな映画祭のボランティアスタッフをしたり、単館上映の映画を見るために少し足を伸ばしたり。高校三年になってやっと関東まで行けるようになった。  秀野と出会ったのはその頃だ。エキストラの待ち時間に映画の上映開始時間を携帯で調べていたら、突然後ろから声をかけられた。 「えー、これ観に行くの?俺も行こうと思ってたんだよねー。一緒に行かない?」  他人の携帯を覗くなんて非常識な人だなと思い、とっさに画面を隠す。でも東京に来たタイミングで観ようと思っていたのはミニシアターで単館上映されるマイナーな作品だったので、相手に興味が湧いた。  振り返った先にいたのは、うわーやっぱ都会にいる人は違うわ…と、思わせる、背が高くてやたら見場のいい男。目鼻立ちがくっきりして彫りが深いけれど、全体のバランスがいいのか古臭い感じはない。もっといろんな表情を見てみたいと思わせる、役者向きの顔だなと思った。 「初監督作が俺すごい好きでさー、公開になったら絶対観に行こうって思ってたんだよね。今日これ終わったら行くの?」  早朝からの撮影終了後、映画を観て予定していた今日の夜行バスで戻れるのかとロケの進行が遅れる度計算していたから、すぐには答えられなかった。 「あ、これ、いつ終わるかによるかー。押してるしなー。最終に間に合うようなら、一緒に行こうよ」  最終の回ではバスには間に合わない。日曜の夜行に乗ったのでは、早朝に市内ついたとしても島まで戻れないから学校に間に合わない。週末や休みの毎にあちこち出かけることを両親に咎められないよう、麻生はギリギリのラインで細心の注意を払っていた。  それなのに初対面の男との約束のために、明日帰ってもいいかと思い始めていた。夜はファミレスでもネカフェでもなんとかなるだろう、学校にも遅刻して親に怒られたとしても大した問題じゃないと、気持ちが大きくなる。  今このわくわくした気持ちを満たすために、犠牲にすることなど、なにひとつないのだと思えた。 「うん、行こっか」  盛り上がった心とはうらはらに、ぼそっと返事をすると、旧知の仲のように屈託無い笑顔を返された。 「めちゃくちゃ楽しみ!今日、朝早いわりに待ち時間長すぎなんだけど頑張れるわ。ま、それでも撮影現場に居られるだけで嬉しいんだけどな」  それがまだほとんど顔が知られていない頃の秀野で、ロケの長い待ち時間が全く気にならないほどふたりで映画の話をした。

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