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03-11
二日目の午後は島内をひたすらを歩いた。ロケ予定地を巡れば巡るほど、秀野がどんな画が撮りたいのか語りかけてこられるようで、辟易した。
あの五日間の滞在で、惜しむ間も無く映画のアイデアを語り合った記憶があちこちで顔をのぞかせる。どれほど切り離そうとしても反対に思い出してしまい、胸がちりちり焼けるようだった。
撮影で使われる海の家は麻生が離れてから建てられたもので、なんの思い入れもないことにほっとした。
「今は橋で繋がってるけど、映画の中では陸地から離れた島だから。イメージして歩いてみて。別の島でもロケあるから明日車で回ろうか」
手塚に方言を聞かせるために、地元の人間には積極的に声をかけた。暑いですねとか、何が釣れてますか?とか差し障りのない内容だ。以前の自分なら絶対やらなかっただろうことが、仕事なら割り切れる。
「関西弁に似てるけど、基本的に語尾が下がるから、もっとおっとりして聞こえるだろ?さっきの『こんにちは』だったら『ん』でちょっとだけ上がって、緩やかに下がる」
理解しているのだか掴みかねる、無表情の手塚に説明するのは骨が折れる。でもそれ以外にやり方を知らなかった。
「語尾が『ん』とか『ね』で終わるから、柔らかく聞こえるけど、島の人間は外の人とは距離を保って、むしろ拒絶してる」
「麻生さんみたい」
子供っぽい嫌味は適当に聞き流した。
「方言の台詞で注意するのは、原型に縛られないこと。感情によってイントネーションの幅は広がるから、役が掴めたら、方言に引きずられない方がいい」
暖簾に腕押しなやりとりに疲れてきた頃、両親と同じほどの年齢に見える女性に声をかけられた。
「もしかしてって思おたら、麻生さんとこの子やろ?うちの子と同級生なん覚えとる?だいぶ前に島出たらしいけど戻ってきとったんやねぇ。やっぱり島はええやろ?」
この歳で『麻生さんとこの子』などと言われてわずかに眉の間にしわを作ってしまう。
小さな島では自分を覚えている人もいるだろうとは思っていたが、こんなに早く会ってしまうとは。すぐそばに手塚もいるだけに憂鬱な気分になった。当たり障りのない会話を交わし、女性から離れる。
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