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05-03
朝も十時になって、ガラガラと引き戸を開け帰ってきた手塚に、つい苛立った声をかけてしまった。
「朝帰り?お前、何時だと思ってんの?」
ダンスや歌は真面目にやっても、演技に対してはまるでやる気がない。受けた仕事に本気になれないなら、もうやめてしまえ!と乱暴に、さらに心の中で罵った。
麻生は朝起きても手塚の姿がないことに気づき、一人で東京に帰ってしまったのではないかと心配になった。
もう一度部屋を確認すると荷物が置いたままで、あいつは何をやっているんだとふつふつと怒りが湧いてきた。玄関から近いダイニングでコーヒーを飲みながら帰ってくるのを待ち構えていたが、一向に帰ってこない。
これからロケが始まるというのに、地元の女性を引っ掛けたりしたら大変なことになる。
ーー そんなにあいつはバカなのか!?
時間が経つにつれあらゆる可能性を考え始め、イライラは募る一方だ。
携帯の番号は知っているから連絡をとることもできるが、帰ってこないからには理由があるのだろう。根競べのような気持ちで手塚を待った。
そして今、気の抜けるような冷めた顔で当の本人がこちらを見ている。
「あー、昨日は結構早い時間に帰りましたよ。この島なんにもなくて、行くとこないし。朝起きてから、また出たんですよ」
抑揚のない手塚の声を聞いて、自分の方がバカに思えてきた。ここにくるまでの自分の様々な勘違いを思い返して恥ずかしくなったが、引っ込みのつかない怒りを手塚に向けた。
「どこフラフラしてんだよ?なんのためにここにいるんだよ?!仕事だろ?」
「どこって、その辺散歩。麻生さんが、島歩けって言ったから。朝、起こすの悪いと思って声かけなかったんだけど」
ガクッと本当に首をうなだれてしまった。手塚と自分は本当に相性が悪い。いろんな状況が重なっているにしても、ここまで直接的に感情をぶつけてしまう人間は手塚の他にはいない。
「帰ってきたら声かけろって、襖に貼っておいただろ?」
矛先をさらに変える自分がすでに嫌になっていた。襖?と疑問形でつぶやきながら、手塚が部屋の方に歩いていく。
「落ちてました」
ぺらっと指で摘んだ付箋を見せられ、またがっくりした。付箋は粘着力が弱い。それを貼ったのは自分だ。
「わかった。これからは出かけるときは俺に教えてくれ。いなかったりして声をかけられないときはメモ帳置いとくから、このテーブルの上にメッセージを残すこと」
「了解。でも、スマホのメッセージでやりとりしたほうがいいんじゃないんですか?」
「あれ、返事のタイミングとかよくわかんないんだよ」
「あー、確かに。なんか麻生さん、そんな感じ」
そう言ったきり手塚は洗面所に向かい、手洗いうがいをしている。がらがらがらと喉をゆすぐ音が聞こえる。体調管理の一環だと思うと、一方的に怒りをぶちまけた自分がますます恥ずかしくなった。
その日は別の島のロケ予定地を車で回った。橋の掛かっていない島という設定なので、連絡船の港などもうなくなってしまった場所や特別にその場所を使いたいからと選ばれた場所が島外にもいくつかある。
それぞれの地点で、どのシーンが撮影されるか説明していく。自分はロケ地選びには関わってないから予想でしかないけどと断って、描かれるであろう情景描写も加える。
何を言ってもお得意の『はぁ』で返されるので嫌になってくるが、クランクインまで時間がないから丁寧に説明を続けた。
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