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05-02

 家に戻ると、先に帰っているはずの手塚の姿がなかった。ノックの後返事がないので、悪いと思いながらも扉を開けてみても誰もいない。つい、トイレと風呂場まで覗いてしまった。  本読みを見てやろうという気になっていたのに、出鼻をくじかれた気分だ。麻生は戻ったら声をかけるよう付箋に書いてバンっと乱暴にドアに貼った。  予定がなくなったのでシャワーで汗を流し、携帯でシャイニング・フューチャーのライブを検索する。オフィシャルのものから違法アップロードされた映像まで山ほど出てきた。とりあえずオフィシャルのダイジェスト映像を再生させる。  事務所でライブDVDも借りておけばよかったが、まさか自分が積極的にライブを見ようと思うなんて予想もしなかったので仕方がない。  曲が始まった途端、あまりのキャッチーさに吹き出してしまう。歌詞も耳障りの良い綺麗な言葉ばかり並べられていて、するすると入ってくるけれど、いざ意味を考えようとすると全然わからない。  金髪のチャラ男版手塚が踊って歌ってる。しれっとした顔しか見せない手塚が、まさかアイドル。対面初日には、アイドルが役者すんなよ…と、全く逆方向に毒づいたことを思い出して苦々しく小さく笑った。  何人いるのかわからないし、全員似たような見た目だけれど、さすがに本人に会っているだけに、手塚がちらっとでも画面に映ればすぐに気づく。  他のメンバーに比べ、映る時間が圧倒的に短い。ボーカルが歌うと必ず寄りのカットが入るから、単純に歌のパートが少ない手塚のカットは少なくなるようだ。  全員が揃うダンスでは、全く引けを取らない華やかさがあるのに、注目されないのはもったいないなと思う。歌に関しても、すごく上手くはないが少し低めの声は悪くない。麻生の声は聞き取りやすく耳馴染みはいいけれど特徴がないとよく言われたが、独特な響きがある手塚の歌い方は、万人受けはしなくても印象に残る。  麻生には全員のレベルは横並びに見えるのに、他のメンバーと手塚にはメインとサブと言えるほどの扱いの差がある。  役者でも同じ面はあるけれど、人気商売は大変だなと思い『この役を失敗したらグループから手塚は切られる』という、嫌なことを思い出してしまった。  気づけば、次々ライブ映像を再生させていた。  ライブ演出にお金がかかっているのにも驚いた。動員数もそれなりにありそうだし『SF』は売れているグループに入るようだ。  派手なレーザーと打ち上げられる花火に照らされ、熱狂するファンは宗教に心酔しきっているように見える。どうしてこの手の振り方、ちゃんと左右揃ってるんだろう…と、どうでもいいことだが気になる。 ーー 怖い……。  初めてアイドルのコンサートというものを見て、麻生は衝撃を覚えた。  これだけ多くの人の感情を飲み込んで、ただこの瞬間に、どこまでも遠くへ引っ張っていくパワーがすごい。観客は泣き叫ぶ勢いでペンライトを振っている。曲のサビらしいところでは、盆踊り以上に全員のフリが合っている。  大型スクリーンに映るウインクひとつ、もしくはサングラスを少しずらして意味ありげな視線を送るだけで、きゃぁぁぁぁ!!!というものすごい歓声が上がる。  知らない世界を覗いてしまった…、手塚に関わらなければ一生見なかったアイドルライブに釘付けになっていたことに気づき、見るのはそこじゃなかったともう一度手塚の動きに目線を戻す。  それにしてもよく踊る。ダンスについては詳しくないが、これだけハードに踊ってしっかり歌声を通すのは余程のトレーンングが必要だろう。  サービススマイルをファンに送る手塚を見て、あんなに覇気のない人間と同一人物だとは思えないなと、また次の動画を再生してしまった。今日の海での姿を見ていなければ、双子説まで疑ったことだろう。  流れた曲はアイドル調で、メンバーは肩や腕を組んで、じゃれあいながら歌っている。ダンスナンバーがあったり、バラードやポップスがあったり、曲と演出の振り幅に、なんでもありか!とツッコミたくなるが、同時に芸達者だなとも思う。  さっきまでクールな表情でカッコつけて踊っていた手塚が満面の笑みを見せている。そのまま走ってくると、メインボーカルの男に後ろから抱きつき、耳の端にちゅっと唇をつけた。またしても、きゃぁぁぁぁ!!!!!という特大の叫声が上がった。  いろんな演出があるものだ…と、思いながら、麻生はそこでスマホを閉じた。  その日、麻生が眠るまで襖がノックされることはなかった。

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