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 役柄の本当の部分なんて、どれだけ原作者や演出家が説明してくれたとしても、自分のものではない。でもそれを自分なりにどこまでも細かく砕いて、反対に離れて客観的に見て、感じることを演技に写す。  憑依型の天才なんて言われる人もいるけれど、演じる者には本質的には分かれないものを分かろうとする葛藤が常にある。 「ごめん。言っちゃいけないこと言った。分からないなんて……結局人のことなんて分からないからわ分かろうとするのに」  今度はすぐさま謝った。 「ほんと、あんたって面倒くさい人ですね。別に、どうでもいいです。俺は優先順位の低いことで傷ついたふりする趣味ないんで」 「いや…俺は…」  喉に何か詰まっているみたいに、言葉が出てこない。 「それより、日が沈む前にあの台詞ここで言ってみてくださいよ。参考にするんで」  そう言って麻生を見た手塚の瞳は、最後の光を反射して輝いていた。熱いほどの朱色を映しているのにどこまでも冷たく。 『そこまでぶちまけるんだったら、納得する演技見せろよ』視線はそう言っている。この状況で、どれだけの役者が本当の演技ができるだろうか。菜穂を励ます台詞がいつまでも出てこない麻生に見切りをつけるように手塚が声を発した。 「これ以上暗くなると下り危ないんで、もう行きましょう」  言った時にはすでにこちらに背を向けていた。  何度も読んだ台本の台詞が頭に渦巻く。でも全く声にならない。ずくずくと胸が痛む。実際何度も練習した台詞だし、島に残る青年の心情まで含めヒロインに語りかけられると思っていた。自分なら彼の気持ちを表現できるとたかをくくっていた。 『ここから見る海、俺めっちゃ好きなんや。でもな…、  向こう側の景色が見えるんは、そこまで歩いて行ったヤツだけやん。  こことは違う場所があるんやないかって、もう気づいとんやないん?』  未だいろんなものにがんじがらめに縛られている麻生には、そんな台詞、手塚の前で言えなかった。

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