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05-07

 下りは登り以上に気を使う。視界の悪い中、引きずる足を置く場所を慎重に選んだ。  半分を過ぎたくらいのところで気が緩んだのか、ぬかるみに足元を取られた。留まることができると思ったのに、踏みとどまるべき足が怪我をした方で、力が入らないと知った時どくっと心臓が鳴った。  落ちる。ざざっと朽ちて湿った落ち葉と共に体が滑る。どこで止まるのか不安を覚えた瞬間、抱きとめられた。麻生が滑り込む勢いに、手塚もろとも更に危ない体勢で転げ落ちるのではないかと一瞬考えたが、手塚は側にあった木の幹を片手で掴み、踏み留まった。 「っん…つっっ!」  痛みを飲み込むような声に、滑り落ちた衝撃も忘れて、手塚に大丈夫かと声をかける。 「結構ザクッといったみたい」  麻生の肩をぎゅっと抱いたまま、歪んだ声で答えるから、不安が増した。 「どうしよう…!ロケ始まるのに!」 「あんたの考えることは、ほんっとに映画のことだけですね。嘘。大したことないです。多分擦りむいたくらい。どうしてくれるんですか?明日泳ごうと思ってたのに、これじゃめちゃくちゃ海水染みるし」 「何言ってんだよ。海より撮影だろ!帰ったら手当するから、とにかく降りよう」  そうは言ったものの暗い上に足場がかなり悪く、踏み込むと滑り落ちてしまう。闇雲に動かず、その場でいったんバランスを整える。  ショックが過ぎてみれば、大きな男の体に抱きこまれる感触に緊張して、心音が少し大きく聞こえる気がした。まだ足場が定まらないからずり上げられているだけなのに、男も女も含めこんな風に触れるのはいつぶりだろうと考えてしまう。  手塚相手に何を考えているのだと、自分に呆れた。 ーー それにしてもこいつ、いい体してるな。長いライブであれだけ踊ってるんだから、やっぱり体作ってるんだな…  しっかり体を鍛え上げ引き締まってはいるが、ガチガチに筋肉が硬いというのではなく、しなやかさも感じる。 「何触ってんすか、麻生さん。金とりますよ?」 「なっ!…いや、いい体してるなって思って!だいぶ鍛えてるみたいだけど硬くなくて弾力があるっていうか…」  ぷっと手塚が吹いて、今までの険悪な空気と変な気分が同時に溶けた。 「ダンスはアスリートとかとは違う部分を鍛えるから。筋肉重くなると思ったように動けないでしょ。体ごつくてもカッコ悪いし」 「なるほどな。確かに見た目細身だよな。こんなちゃんとしてると思わなかった」  確認するように脇腹を掴んでみると、柔らかくも硬すぎもせず、しなやかに鍛えられたという感じがする。背中も触るとバランスよく筋肉がついていて、実際見たら綺麗なんだろうなと思った。 「あのね、こんな暗いとこで抱きつかれて体まさぐられたら、どれだけあんたに色気がなくても、俺ゲイなんで、変な気分になってくるんですよね」 「えっ?んんっ?」  ライブ中にメンバーにキスをした手塚が思い出され、抱きつくようになっていた手をパッと離す。ずずっと体が下方に滑って、もう一度抱きとめられた。 「ははっ、おもしれー。嘘ですよ。もし麻生さんが女でも全然ぐっとこないし」 「ハァァ?」  本気で笑っているのか、体が揺れる振動が伝わってくる。こいつが感情を見せるときは大抵ロクデモナイときだな!と今までの色々も忘れて憤る。 「重たいんですから、さっさと足場見つけて立ってくださいよ。俺今微妙なバランスで支えてるんで動けないんです」  やっと立ち位置を定め体が解放されて、すっかり夜道になったところを再び進み始めた。

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