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05-08

 段差の大きいところで足を止めると、手塚が振り向きこちらに手を差し出してきた。足場は不安でも、何の意地なのかその手を素直に取れない。 「足、もう限界でしょ。また滑って後ろから落ちてこられたら困るんで。俺が怪我したら洒落になんないでしょ」  仕方ないという程で男の手をとり斜面を下る。強く握らないようにしようとしても、移動の時に頼るように力を込めてしまう。怪我をした方の足に負担がかからないよう支えてくれるのがわかった。急な部分を下り切ると体温が離れていく。 「知ってたのか?足のこと…誰かに聞いた?」  麻生程度の役者が怪我を負ったところで、なんのニュースにもならず、ひっそり消えていくだけだ。噂にさえなっていないはずだ。 「見ればわかります」 ーー 見ればわかるのか…そうだろうな…やっぱり、もうだめだな。  なんとか下まで降り切り、どろどろの服のまま車に乗り込んだ。  都会のような光のない夜の闇に、橋自体が光のラインとなって浮かんでいる。車で進むと、帰り道へと続く温かい光が、自分たちを迎えてくれているような気になる。海の水面には、すうっと潮の流れが照らされ浮かんでいた。 「漁業の邪魔になるから、普段この橋はライトアップされてないんだ。ちょうど特別な日にあたったみたい。綺麗だな」  ぐったりと疲れていても説明せずにいられないのは性分か。もう返事など期待しなくても、つい手塚に向かって話しかけてしまう。 「あぁ。光ってると潮流が速いのよく見えますね」  以前瀬戸内の海について説明したことを覚えていて、麻生が言わなくてもちゃんと気づいているのが意外だった。たった三日で手塚の印象がどんどん変わっていくことに驚く。 「さっきの景色、秀野さんと見たんですか?」  唐突な手塚の言葉への動揺を隠すには、無言の時間が長過ぎた。自分の視線がどれほど揺れているか、麻生にはわからなかった。

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