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Begegnung 2
僕は1人になりたい時、必ずこの場所にやって来る。
少し辺鄙な道を通る必要があるから、あまり来客がない。
それに、大きくて立派な桜の木がある。
この木の根元に寄りかかって座ると、心が落ち着いてすっきりするんだ。
僕の家はありがた迷惑なことに華族といういわば貴族で、今日も面倒くさい学習院でみっちり教育を受けてきた。
縛られる生活に嫌気がさし、最近はよくここに足を運んでいる。
風の音しか聞こえないこの空間が、何よりも大切な場所なのに。
珍しく、来客があった。
彼女は芸者の格好のままここまで来ていて、僕と同じように逃げて来たんだなって直感した。
他人に必要以上に関わらないようにしていたのに、何故か声をかけてみたくなって。
「そこに突っ立ってないでこっちに来たら?お嬢さん」
「っ!」
と呼びかけたら、びくっと肩を震わせていた。
その動きが小動物みたいで、思わず笑みが零れる。
彼女は訝しながらも僕の方に近寄ってきて、ひとり分の間を空けて腰を下ろした。
「君、芸者さんだよね?」
ちらりと僕を一瞥した後、こくりと縦に頷く。
垂れ下がる髪でよく見えなかったけど、ぱっちりとした切れ長の瞳が印象的だった。いわゆる美人顔というやつだ。
一瞬だけ見えた素顔に、心臓がとくんと跳ねた。
「すごく疲れてひとりになりたい時、よくここに来るんだ。君もそうでしょ?」
ぱっちりした瞳を瞬かせた後、またこくりと頷いた。
「そっか、同じだね」
彼女はきょとんとした顔をして、おかしそうに顔をくしゃっとさせて笑った。
う、わ。
美人なのに子どもみたいに笑う人なんだ。
また、心臓がとくんと鳴った。
さっきから頷いてばかりだけど、何か声が出せない事情でもあるのかな。
彼女の名前が知りたい。声を聞いてみたい。もっと笑った顔を見てみたい。
「梅園相馬 。僕の名前。君は?」
ちょっと困った顔をしたあと、ごそごそと着物の内側を漁って1枚の名刺を差し出してくれた。
「凛?」
またこくりと頷く。
凛、凛とたった2文字の名前だけど、忘れないように心の中で何回も反芻する。
「ねえ、迷惑じゃなかったら君を観に行ってもいいかな」
凛はびっくりした顔をして、今度は首を横に振った。
今日初めての否定だった。
「……そっか。ちょっと残念だ」
ちょっとなんて嘘。本当はすごく残念。
でもそんなこと言って、凛を困らせたくない。
なんで僕より凛の方が悲しそうな顔をするんだろう。
その顔を見て、なんとか笑ってほしいって思ってしまう僕は、凛に恋をしてしまったんだと自覚をした。
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