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Begegnung 1
「絶対、嫌だからな!」
そう言って家を飛び出したのはついさっき。
勢いのまま飛び出してきたものだから、羽織ものなんか持っていない。
季節は春。
やっと凍え死ぬかと思った冬を乗り越え、これから暖かくなっていく季節だけど、羽織ものがなかったらまだまだ寒い4月。
俺は1人になりたい時にいつも行っている丘を目指していた。
俺の家――小林家では、女として生まれてきたやつは代々芸者をやっている。
もちろん俺の姉と母親と祖母も芸者で、なかなか人気が高い。
容姿はもちろん、代々伝わる芸者としての技や衣裳も客を呼ぶようで。
あ、ちなみに男として生まれてきたら自然と呉服屋になる。
仕事の片手間、衣裳の調達ができるからだ。
まあ、そういうわけだから本来であれば俺も呉服屋になるはずなんだけど。
顔が母親に似すぎて、どうも<正体不明の謎多き芸者>として俺を芸者デビューさせようってことになったらしい。
なるほど、きっと俺が生まれた時からそのことを考えてたんだろう。
この時初めて俺が凛太朗(りんたろう)という、ちょっと可愛げのある名前になった理由を知った。
男として生まれたのに女装をし、しかもそれを観客の前に芸者として立てと言うわけだ。
断固拒否。
嫌に決まってる。
芸者になれと言われたことに腹を立て、女物の着物の歩きにくさに腹を立て、とにかく家から離れたくて行く当てもなく直感を頼りに歩き続けてた。
どれぐらい歩いてきたのか定かじゃないけど、ひらひらと舞い散る桜の花びらが視界に入って。
顔を上げてみたらそこは丘で、大きくて立派な桜の木が1本、立っていた。
その美しくも力強さの感じられる桜の木に、柄にもなく魅入る。
もう少し近づいてみようと歩き出したら、木の幹に座って寝ている男がいるのが見えた。
先客かよ…。
誰かいるなら帰り道を覚えて、また出直そうか。
どうやってここまで来たのかも覚えていないし、遭難にならないか。
そもそも男のくせに女装してるんだから、今誰かと会うのは避けたい。
「そこに突っ立ってないでこっちに来たら?お嬢さん」
「っ!」
戻ろうか悩んでいたら、起きていたのか手招きをして呼んでくる。
まあ、ここで戻るのも変に思われるし…帰り道も聞いておこう。
その時の俺はその程度にしか思ってなくて。
こいつとこの先どんな関係になっていくのか知る由もない俺は、招かれるままに近づいて行った。
これが、俺とこの男の出会い。
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