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満月の夜、桜の木の下で 5
春とはいえ、まだまだ冷たい風が容赦なく体を刺す夜。
僕は自分の唇を撫でながら確信した。
やっぱり、彼が夢で見た人だって。
理由なんてないけど、僕のあらゆる感覚がそうだって告げてる。
夢の中の彼は巽相馬(たつみそうま)という名前で、僕は彼のことを相馬と呼んで親しんでいた。
何をしていたのかとか、どういう関係なのかまでは思い出せない。
覚えてるのは時代は今ではないこと(たぶん明治とか大正の時代)。僕の名前は土御門元(つちみかどげん)で、相馬から「みか」と呼ばれていたこと。
それから、僕にとって唯一無二の存在だったこと。
今日、本当は彼の存在を確認できただけで満足だったんだけど、話してるうちにそれだけじゃ物足りなくなって。
この容姿と家のおかげで人間関係に不自由はまったくしなかったけど、何故だか「もっと」っていう欲が抑えられなくて。
気がついたら、棗にキスをしていた。
自分でも驚いた。
今まで付き合ってきた女の子と経験がないわけじゃないけど、自分からしたことはなくて。
棗を見たら、夜でもわかるほど顔を真っ赤にさせてたから僕もつられて赤くなったんだ。
耳まで熱くなって、こんなに恥ずかしいと感じたのは初めてだから少し戸惑った。
だから逃げるようにそそくさと帰ってきちゃったんだけど、もう少し…いや、もっと一緒にいたいって今は思ってて。
棗の唇はあまり生気が感じられなくて、少し乾燥してひんやりしてた。
これから死んでいく人の体温だなんて不吉なことを考えてしまったけど、実際そうなんだろう。
何もしないままただ命が尽きるのを待つのなら、全部僕に預けてほしいと本気で思ったらあんな言葉が出てきた。
「何言ってんの?」
っていう否定の言葉が来るだろうと思っていたら、予想外にも可愛い返事が返ってきて。
すごく嬉しくて、でも喜ぶ姿を見られるのは少し恥ずかしかったから抑えるのが大変だった。
棗のそこに触れた唇に触れる。
「ーーあつい」
初めて自分からしたキスは、ロマンス溢れるものだったと我ながら思う。
もっとキスをしたい、もっと触れたい、どんな表情で蕩けるのか知りたいーー。
僕は次に会う日を楽しみに、静かに自分の家へと帰った。
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