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満月の夜、桜の木の下で 4
今、俺たちはゆっくり歩きながら病院まで向かってる。
この桜の木は本当に病院の裏側にあるから、1人でも帰れるって言ったんだけど…やっぱりコイツは頑固だ。
送ると言って聞かなくて、結局俺が折れた。
「なんだか懐かしい感じがするなぁ」
黛(響也って呼べって言われたけど、さすがに初対面のヤツを名前で呼び捨てるのは抵抗があった)は、ぽつりとそう言った。
びっくりして黛を見れば、俺の視線に気が付いたのかこっちを見て、にっこりと微笑む。
そういうのは女子に向ける笑顔だろ…。
黛はイケメンというよりかは美人で、中性的で端正な顔立ちをしている。
いや、男の俺が男に美人っていうのも変な話だけど…。
少なくとも、そこらへんの女よりからキレイだと思う。
「棗?どうかした?」
「な、んでもない」
ヤバイ、無意識にコイツのこと見つめてた。
美人だなと思ってました。なんて言えない。
「俺は懐かしいとか全然思わないけど」
「んー…たぶん、そのうちわかると思うよ」
慌てて話を逸らせば、これまた意味深に返されて。
懐かしいとは感じないけど不思議と居心地はいい。
こう…例えるなら、気を許した友だちの隣にいる感覚に似てる。
友だちともまた違った心地よさなんだけど…親友っていう例えが一番近い気がする。
黛を見れば、楽しいのか悲しいのか、よくわからない笑顔をしていて。
その顔を見てたら、なんだか心臓が少し苦しくなった。
「懐かしくはないけど…」
「え?」
「居心地は……いい、と、思う……」
しゃべりながら恥ずかしくなった俺は、情けないことに恥ずかしさから語尾が弱々しくなってしまった。
恥ずかしくて黛の顔が見れないけど、隣で嬉しそうにしているのはなんとなく伝わってくる。
「ふふっ!やっぱり君は優しい人だね」
「は?やっぱりって…」
「あ、もう着いちゃったね」
黛は俺の言葉を遮るように話を逸らした。
腑に落ちなくて聞き返したかったけど、どうせまたはぐらかすんだろうなって思ったらどうでもよくなって口を閉じた。
「今日は久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ。ありがとう」
黛は俺に向き直って、柔らかい笑顔でお礼を言う。
だから、その笑顔は女子にしてやれよ…。
でも、このキレイな笑顔を俺だけ見ているってことになんだか優越感が湧いてきて。
よくわからない感情に首を傾げれば、今度はおかしそうにコイツは笑うから、どうでもよくなって俺も釣られて笑った。
「棗の笑った顔、やっと見れた」
「悪かったな無愛想で」
「ふふ。うん、そうだね。でも棗のいろんな表情を見たいな」
俺のいろんな表情ってなんだよ。
もう余命宣告されてから感情を捨ててたから、たしかに久しぶりに自然に笑えた気がする。
家族の前でも笑ってたけど、あれは作り笑いだ。
お見舞いに来てくれた次の日は、決まって頬が筋肉痛になっていたほど。
家族も、俺が無理して笑っていることに気づいてるはずだ。
それでも無理しなくていいんだよと言わないその優しさが、少し悲しい。
だから、ここしばらく無表情しかしてなくて、自分がどんな顔をしていたのかよく覚えてない。
「はあ?例えば?」
だから、黛に聞いてみた。
黛はしばらく考える素振りをしたあと、閃いたように距離を詰めてきて。
「例えば、こんなカオ――」
腕を掴んできたかと思ったら、気がついたら唇に柔らかいものが当たっていた。
「んっ!?」
一瞬理解ができなくて、ただ目の前にある顔をまじまじと見つめていた。
うわ、コイツまつ毛長いなーとか、肌キレイだなーとかそんなことしか考えられなくて。
下唇をさりげなく舐められてから、唇は放れた。
「ご馳走さま」
なんて自分の唇をぺろりと舐めながら妖艶に言う黛を見て、やっとコイツにキスされたんだと気がついた。
「~~っ!?」
うわ、え!
キスされた!?
つかコイツ、真面目そうに見えてこういうのに慣れてんのかよ!
もう全身から火を噴いてるみたいに暑くて、心臓も相当うるさく鳴ってて。
「例えば?そうやって恥ずかしそうにしてる棗とか、たくさん見たいな」
笑顔をでさらっと言う黛を見て確信した。
ドSだ。
草食に見せてのドSだ。
何て言うんだっけ…あれだ、ロールキャベツ男子だ。
俺は混乱してるのに、黛は余裕そうに笑ってるし…。
「ふふ!僕そろそろ帰らないとまずいから…またね」
「ちょっ、またねって――」
「また、必ず来るから」
なんて急に真剣な表情で言うから、思わず頷いてしまった。
黛は満足そうに笑うと、小走りで帰って行った。
「……なんだったんだ、本当に……」
俺は一気に地からが抜けて、その場に座り込んでしまった。
まだ冷たい風が吹くなか、唇だけが熱かった。
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