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満月の夜、桜の木の下で 3

最近、不思議な夢をよく見る。 どんな内容だったかは覚えていないけど、断片的に風景画みたいなかんじでいつも覚えてる。 でも、今日みた夢は今までよりも鮮明に風景が見えたんだ。 その夢では大きな桜の木の下で、誰かと一緒にいた。でも顔はモザイクがかかったようにはっきりと見えなくて。 会話もしてなかったから、その相手が男なのか女なのかすらわからなかった。 でも、不思議と気分はとても穏やかで。 雲ひとつない夜空に浮かぶ、鮮やかな満月が印象的だった。 目が覚めたとき、僕はしばらく夢現の境に迷う。 淡い桜、濃紺の空、鮮やかな満月の3色が美しくて、目を閉じれば脳裏に蘇るみたいだ。 僕は夢で見たその風景を、自分の瞳にも写したくなっていった。 自慢で言うつもりじゃないけど、僕の家はそこそこ裕福だ。 父は政治家、母はピアニストでけっこう異色の両親の間に生まれたのが、この黛響也っていう人間。 小さい頃からいわゆる英才教育をさせられてきて、付き合う友だちや恋人まで指定されて生きてきた。 前までは親の言いつけを守ることが当たり前って思ってたけど、最近見るこの夢が「そうじゃない」って訴えてるような気がして。 その日の夜、無駄に大きな家をこっそり抜け出した。 今まで人形のようにいい子に育ってきたから、抜け出したことがバレたら相当怒られそう。 でも、何故か行かなければいけないような気がしてならなくて。 近所で一番大きい桜の木のある場所へ向かった。 そこは病院のすぐ裏側にあることや川沿いにあることから(よく幽霊が出るとかで噂されてる)、立派な桜にも関わらず訪れる人は少ない。 みんな川を少し下った公園へ桜を見に行く。 穴場といえば穴場だ。 で、思ったとおり人は誰もいなくて。 病室のカーテンも全部屋閉められていた。 「こんなに綺麗なのに…もったいない」 生まれて初めて見る夜桜は、夢で見るよりもずっと迫力があって、でもどこか儚くて。 夜風が吹くたびにひらひら舞い散る花びらが、なんだか泣いているように見えた。 幹にそっと触れてみると、ひんやりと冷たい。 「ふふ…不思議だなぁ」 気がついたら自分の瞳から涙が溢れてきた。 それは桜が悲しそうに見えて泣いたのか、それとも美しさの感動で泣いたのか、全然わからない。 木から数歩後ろに下がって、桜と満月が見えるように顔をあげてみる。 目を瞑れば隣に夢で見た人がいるような、不思議な感覚に陥った。 「……さむ」 さすがに寝巻きにカーディガンを羽織っただけでは寒かったみたいだ。 体は帰りたがっているけど、も少し待ってたら来るような気がして。 「早く会いたい――」 顔も名前も知らない人を思って呟けば、僕の声に応えるかのように呼びかけられた。 「……何してんの」 ああ、この心地いい声音…夢で見た君なんだって、なんとなく思った。

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