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満月の夜、桜の木の下で 2

病院服着てるってことはここの患者さん?」 大きな桜の木の根元に、微妙な距離を開けて座ってる。 近くで見た黛響也とかいう男は大人っぽそうに見えたけど、俺と同じ高校3年生らしい。 背も俺より高くて、ヒョロそうに見えるけど胸板はしっかりしてるから、なかなかいい体型をしている。 左に流された前髪から覗く漆黒の瞳は、そいつを余計に知的に見せた。 「あー…まあな」 さすがに今日死ぬつもりで最後の思い出に桜を見にきました、なんて言えない。 初対面の人間に重すぎるし、カッコつけてるみたいで俺が嫌だ。 「大丈夫?怒られない?」 怒られる前に死ぬけどな。 心の中でぽつりと呟いたら、なんだか急に虚しくなってきて。 なんで俺が病気なんだとか、余命宣告されてるんだとか、自殺するハメになるんだとか。 今さらそんなこと考え始めたら、やるせなくなった。 なにもしたくない。 死にたくもないし、生きたくもない。 やっぱり、死ぬ前に母さんと妹の顔を見ておけばよかったとか思ったりして。 せっかく意を決して抜け出したのに、何してるんだろう俺…。 そうしたら今度は涙が溢れてきた。 俺の意識とは関係なしに、じわじわ目尻に溜まっていく。 「――僕ね、何故だかわからないけど、今日ここへ来なきゃって思ったんだ」 黛は、満月を見ながら静かに話始めた。 何言ってんだコイツ。 頭おかしいんじゃねーの。 普段の俺ならこう言ってたと思う。 でも、今はそれがありがたかった。 「来るまで何してるんだろうって何回も思ったよ。来なきゃいけない気がしたのに不思議だよね」 黛は形のいい眉を下げて笑った。 ちょっとした表情の変化や仕草がなんだか絵になるから、別次元の人間なんだなって思った。 「でも、今確信したよ」 笑い顔から真剣な眼差しに変えて、俺のことを真っ直ぐ見つめる。 その瞳に影がなくて、俺の心の奥底を見抜かれそうな気がしてぶるっと震える。 黛の眼差しがあまりにも真剣だから、あれだけ流れてた涙もぴたっと止まった。 「僕は、君に出会うためにここに来たんだなって。直感でそう思った」 「はっ、なに言って…」 「本気だよ。棗とはどこかで会ったことあるような気がする」 「……俺はお前みたいな変な奴知らないけどな」 「そんなの、これから知っていけばいい」 子どものような戯れ言を、こんなに本気で言う人間は初めてだ。 こんなのマンガとかドラマの世界の話だけだと思ってたけど、実在するんだな。 感心したけど、でもそれは叶わぬ願い。 「意気込んでるところ悪いけど、俺――」 「自分から死ぬ前に、僕に棗の残りの人生をくれないかな」 今日、死ぬから。 言い終える前に、黛が遮るように口を挟む。 しかも残りの人生をくれって? 思わず自分の耳を疑った。 「せっかくキレイな瞳をしてるのに、死を見つめるのはまだ早いよ」 黛は距離をつめて、俺の顔を覗き込みながら優しい声音で言う。 俺死ぬって言ってないのに。 やっぱり雰囲気とかで勘づかれたかな…。 「早いって……俺は医者から余命宣告までされてんだぞ!?何勝手なこと言って――」 「棗は、まだ幸せを感じることができる。笑うことも、怒ることも泣くこともね。いろんな景色だってまだ見られるんだ」 「は……」 「限られた時間かもしれないけど、出来ることはまだたくさんある」 こんなの、家族にも言われたことない。 治りません。命も長くもちません。 そう宣告されたあとの家族は、俺より先に諦めムードになってて。 悟られないように接してくる母さんが、なんだか痛々しくて辛い。 最近じゃ腫れ物のように扱われるから、俺もいよいよダメなんだなって思ってたけど。 「僕は棗といろんなことをしたいし、させたいと思った。そのためにここまで来たんだって、根拠はないけどそう思うんだ」 俺だって…できることなら、まだまだ遊んでたいし、行きたいところも食べたいものだってたくさんある。 周りの人に迷惑かけると思って心の奥底に仕舞い込んでたけど、ギリギリまで普通に生きていていいんだろうか。 目頭が熱くなって、また視界がボヤけ始めた。 こんな短時間で2回も泣くとか…普通に恥ずい。 泣き顔を見られたくなくて下を向いたら、視界に手が入り込んできた。 「君の残りの命――僕に預けて欲しい」 イエスなら、手を取れということだろう。 今日初めて会ったのに、すごい勝手で電波な男だ。 でも、不思議と俺もここに来たのは何か意味があるんじゃないかって思えてきて。 どうせ死ぬことには変わりないし、この黛響也とかいう男に預けてもいいかなって思えてきたから。 「クソつまらなかったら、許さないからな」 「ふふ、気合いが入るなぁ」 おずおずと手を伸ばして、でもしっかりと手を握った。

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