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満月の夜、桜の木の下で 1
桜が満開になり始めた春。
よく出会いと別れの季節って言うけど、正直そういうのまったく気にしてこなかった。
何故なら、俺の命はそんなに長くもたないから。
医者に余命宣告された時は、やっぱりなっていう思いと嘘であってほしいという思いがない交ぜになったけど。
今はなんか、どうでもよくなってきてしまった。
毎日病院のベッドで生活してるぐらいなら、いっそもう死んだほうが楽にならないかなって思い始めた。
母さんと妹の悲しむ表情が脳裏を掠ったけど、どうせ近々死ぬんだからって思ったら別にいいかってなって。
この時の俺は、自殺しようって思うぐらいには心が疲弊しきっていた。
思い立ったら即行動。
夜中に病室を抜け出して屋上に向かおうとしたんだけど、ふと今日観たニュースを何故か思い出した。
『桜が満開になりました』
ああ、そうだな。
死ぬ前に満開の桜を見ておくのもいいかもしれない。
病院のすぐ裏側に、地元で有名な大きくて立派な桜の木が1本ある。
俺の足は自然とそこへ向かっていた。
「さむ…」
本気で死ぬつもりでいたから、上着とか何にも持ってきてなかった。春ってこんなに寒かったっけ。
桜をちょっと見て、すぐ戻ろう。
そう思ってたんだけど、近くまで歩いて行ったら驚くことに先客がいたんだ。
漆黒で癖のないサラサラした髪を風に靡かせて、大きな桜の木を見上げていた。
不思議なことに、桜よりそいつのことを綺麗だなって素直に思って。
「……何してんの」
気がついたら、俺から声をかけていた。
そいつは驚いた様子もなく、あたかも俺が来るってわかってたような感じがして。
俺のほうを向いた端整な顔は、満月の明かりに照らされてより一層綺麗に見えた。
「夜桜を見にね。満月が綺麗で、つい」
「物好きだな」
「君もね」
「俺は…まあ…」
まさか初対面の男に「死ぬ前に桜を見に来ました」とか言えるはずがなくって。
言葉を濁したら、ふふって小さく笑った。
「僕、黛響也(まゆずみきょうや)」
「はあ…?」
「せっかく会ったのも何かの縁だし、自己紹介。君は?なんて言うの?」
こんなヤツのこと無視してその場を立ち去ればよかったのに、っていうか以前なら確実にそうしてた。
でも、まあいっかっていう気持ちになってしまったんだ。
「……羽風棗(はかぜなつめ)」
「いい名前だね。棗に会えてよかったよ」
優しそうな顔をしておきながら初対面の人の名前を呼び捨てにしやがった…どんだけ肝座ってるんだよ。
とにかく、俺がこれから経験していく数々の思い出はこの黛響也とかいう男に与えられることを、この時の俺はまだ知らずにいた。
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