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第6話

 朝早くにホテルから出て、樋口が車を置いたという駅前の駐車場に向かった。  今日も敏樹は勤務日で。昨日と全く同じ服装も気まずいので「家まで送る」という樋口の言葉に甘えて助手席に乗る。  車内に(ただよ)うふんわりとした香りや、隣でルームミラーを直す樋口の横顔に、心地良くなった。 (久しぶりだな……この感触) 「また、逢ってくれますよね」  ずっと助手席に座っていたくて。自宅の住所を説明する前に、敏樹は願いを告げる。 「当たり前だろう。婚活もちゃんと断るよ」 穏やかな口調で樋口は応えたが、敏樹の心は落ち着かない。 (また妹さんが焦ったら、どうやって断るのだろう?)  そんな疑問は口に出せず、敏樹はマンションへの案内を始めた。車だと10分もかからないだろう。 今度はいつ逢えるのか。そのときはどこへ行くのか。しかし、それらを尋ねたりねだるのも気が引けた。 敏樹からずっと遠ざかっていて。樋口が逢いに来てくれなければ、もうドライブは出来なかったのだから。 「もう少し暖かくなったら、日本海方面に行こうか」  突然、樋口からドライブ先を提案されて戸惑った。いつも行き先を誘うのは、敏樹からなのに。 「俺の実家があるのは、富山県の海沿いなんだよ。そこに……父と、妹が住んでる。田舎だし、今頃は雪が凄くなるから、車で行くのは難しいけど。春が近くなれば……」  続けて呟く樋口からの言葉の真意にも、しばらくは気付かなかったが。 「……樋口さんの家族に、自分を、紹介してくれる、って事ですか?」  家族にカミングアウトするのか? それだけじゃなく、将来を一緒に過ごす相手、と樋口が敏樹を指すのか? 「無理強いはしないよ」  赤信号で止まると、困惑して固まる敏樹の頬に、そっと指が触れた。このひとがこんな言葉を言うのは、きっと緊張しただろう。昨夜からずっと考えていたのか? 「いいえ、嬉しいです。自分が、樋口さんのちゃんとした相手になれるのなら……」  樋口の真心に応えたくて、敏樹も本心を告げた。 「……でも、まだ難しいかな。自分はなんにも知らなかったのに」  心に沸くそんな怖さから、わがままを言って(うつむ)くと、 「そうだね、俺だって敏樹くんの事を知らなかった。(あせ)って悪かったね」 優しく謝ると、敏樹の頬から指を離して、樋口は運転に集中する。    このひとが自身の想い全てを語っても、それを敏樹が信じることが出来なければ、結局は同じか?  そして樋口は、誰かと比べられたくないという。比べる気がなくとも、このひとがそう受け取れば同じか?  疑問が頭を渦巻くが。敏樹の住むマンションの前で車が泊まった。 「自分は……どうやってあなたを知っていけばいいんですか」  また嫌味な問い掛けになってしまったが。いきなり、敏樹の身体に逞しい腕が回された。 「俺もきみが知りたい」 初めてだな、車の中でこんなに強く抱きしめられたの。 「でも、きみの過去は知りたくない……難しいね」 敏樹に言っているのか、独り言か分からない。 「こうして逢っていって、いつかふたりの将来を知るのは無理かな」  その言葉で敏樹の頭が酔うと、樋口は唇を重ねてきた。すぐに離れようとした樋口の頭を掴み、敏樹から口内に舌を入れる。  このひとを信じるにはどうすればいいのか。  それにはこうして、直に顔を合わせて、近くで話す声を聴いて、強く触れ合わないと。 (あと、夜のドライブも)  深い口付けを交わしながら、敏樹はぼんやりと想った。 

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