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第5話
最初に出会った樋口の傍で、どれだけめちゃくちゃになっていたかは、記憶よりもずっと酷かったのか。
そんな敏樹を、樋口は受け入れてくれたのに。
真実を知るのを勝手に怖がり、なにも問わないまま遠ざかって。
そして、樋口から想いを伝えに来てくれたのに、敏樹の勘違いから怒鳴ったり。
「色々と……ごめんなさい」
謝りながらおずおずと近づくと、敏樹の掌 に樋口の掌がそっと重ねられた。
「あんな場所に結婚案内からの通知を置きっぱなしにしていた、俺が悪かったよ。あれを見たら、俺が結婚を考えている、と思うのは当たり前だろう」
このひとはすぐに謝る。自分の車に自分宛ての封書を置いていた、そんなのは当たり前なのに。
「きみは、不倫なんかしたくない、って正しい考えを持っていただけだよ」
そしてすぐに許す。ふたりがすれ違ったのは敏樹のせいなのに。
「今日はすまなかったね、驚かせて」
敏樹の掌を摩 りながら、樋口はまた謝ってきた。
「いいえ、嬉しいです……駅で見たときは驚いたけど」
微笑んだ敏樹に樋口も笑うが、その笑みはどこか切なそうだ。
「だんだんと分かってきたけれど、きみは同性愛者や、その将来について、しっかりとした考えを持つ人間だ」
敏樹の手をぎゅっと握ると、樋口はいきなり褒め言葉を投げてきた。
「また……以前のような、立派な相手が、きみの傍に現れたら……俺は、きみと別れたほうが良い」
途切れ途切れに樋口は語る。
「それが、きみの為だろう。でも、それまで俺と逢っていて欲しかった」
(なんで勝手に、そんな善し悪しを決めるんだ?)
敏樹はじれったくなった。樋口がやたらと自虐的な台詞を吐くのは、自身の失恋からか。それとも、酔った敏樹から聞かされた思い出話からか。
「立派とか、そんなの求めてません。自分に必要なのは、隣に居て安心出来るひと」
その安心出来る身体に思い切って抱き着くと、
「それが樋口さんです。あなたの傍に居るだけで、自分は落ち着く」
いままで言えなかった言葉をぶつける。そして、樋口も敏樹の身体を強く抱きしめた。
どさり、とふたりでベッドに倒れると、樋口の身体が敏樹に被さった。
「この前、海へ行った時……最初に海へ向かった理由を尋ねましたよね?」
瞳を閉じて頬を寄せ、拗ねた声で敏樹は尋ねる。
「樋口さんは、失恋から号泣する見ず知らずの若い男……一年前の自分を、落ち着かせてくれたんですか?」
無精髭 を生やした樋口に頬擦 りをしながら、
「また逢ってくれたのは、呑みすぎて倒れてないか、なんて心配していたから?」
過去の自分が恥ずかしくて、顔を合わせる事は出来ずに、自身を馬鹿にする様な質問を次々と口に出す。
「単純に、またきみと、逢いたかったからだよ」
慰めでもなく樋口は応える。その穏やかな口調に感極まった敏樹は、樋口の後頭部を掴むと、その唇に自分の唇を押し付けた。
「ん……っ」
深いキスを交わしながら、自然な流れでふたりとも服を脱いでいく。
「今夜もそうだ……もう一度でも、絶対、きみに、逢いたくて……」
敏樹の身体に触れながら交わすキスの合間に、樋口が囁く。久し振りに感じる、荒れた指先や、熱い吐息に、涙が出そうになる。
(このひとが、一緒に居たい、と想ってくれるのは、本当に自分ひとりなんだ)
でも、またこれから結婚が必要となれば、敏樹への想いとどちらを大切にするのだろう。
ゲイの樋口には女性との結婚は辛いから、敏樹を選ぶだろうが。
(また、こんな捻くれた考え方しか出来ない)
そして敏樹の存在から、樋口が家族と争うのも嫌だ。
自分への想いをはっきり伝えてくれたひとに、こんな事を主張しても、ただのわがままだけれど。
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