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Ⅰ-1
――暗くて、無愛想。
茅葺 にとってそれが彼の第一印象だった――。
書店のバックヤードを新人の茅葺は店長に案内され、最後にひとりの男性店員を紹介される。
「今日から新しくバイトで入った茅葺くん、こっちが教育係に入る泉 くんね」
茅葺は泉と紹介を受けた男に会釈する。
「よろしくお願いします」
「よろしく……」
なんとも覇気の無い愛想の無い返事だなと、茅葺にとって泉の第一印象はあまり良いものではなかった。
泉という男は黒い太めのフレームの眼鏡を掛け、髪は肩につく程長く、邪魔な髪をハーフアップ程度に結んでいるものの、前髪はほぼ眼にかかっており、若干書店販売員とは思えない出で立ちだった。だらしないのかと思いきや制服の白いポロシャツはきっちり第一ボタンまで閉められていた。
店内を案内される間もチラチラと茅葺は泉を見ていた。横に並んだ時にふと、眼鏡に当たる程の長い睫毛を見つけた。右眼の下には涙ボクロが二つ星のように並んでいて、どこか怪しい色気のある男だった。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様ー」
閉店後片付けも終わり、書店員たちがバラバラと更衣室に集まりだす。エプロンを脱いでいる茅葺にバイトチーフが声を掛ける。
「茅葺くんてK大?」
「はい、そうです。一年です」
「へぇ、じゃあ泉さんと同じじゃん。泉さん今K大の三年だよね」
バイトチーフは黙々と帰りの身支度をする泉の方へ顔を向ける。
「はい……」
茅葺は思わずギョッとした。年齢不詳だとは思っていたがまさか自分と同じ大学生だったとは……、もっと年上かと茅葺は勝手に思い込んでいた。
「学部は?違うの?茅葺くん学部は?」
「経済です。え、っと……泉さんは?」
「――理工学」
勝手に文系オタクだと思い込んでいたのに泉は意外にも理系で自分より偏差値も高かった。ますます読めない人だなと茅葺は思った。
「それじゃあ、お先に失礼します」
泉はそれ以上話す必要を感じないようでさっさと鞄を肩に掛け頭を下げた。
「あっ、お疲れ様です……」
慌てて頭を下げた茅葺など殆ど見ないままに、泉はあっけなく更衣室のドアを閉めた。
茅葺はしばらくドアに視線を向けたままぼんやりと告げる。
「――泉さん、て……」
「あー、ちょっと変わってんのよ、必要最低限しか喋らないって言うか……、仕事はデキるんだけどね、群れるのとか嫌いみたい。飲み会とかも一切来ないし」
「へぇ……、友達とかいるんスかねー」
「あ、なんか前に見たなぁ、従業員出口の少し先で、暗くてあんまり見えなかったけど、ちょっと怖そうな男だったわ」
「へぇ……」
暗い男の友達が不良――?
――ちょっと想像つかないな、と茅葺はロッカーの扉を閉めた。
「遅ェ」
書店横の歩道柵に片足を掛けて凭れる男は面倒そうに身体を起こすと泉に向かって短く言い捨てた。
「ごめん……希 」
少し早歩きで希と呼んだ男の側に寄り隣に並び、歩き出す。
「希、スーパー寄っていい?」
「あ?休み時間に買っとけよ」
酷く面倒そうに舌打ちされ、泉は弱々しくごめんとまた呟いた。
「腹減った!15分で作れよ!」
「急ぐ……」
玄関を閉めるなり無茶を言われ、泉は買ってきた食材を慌てて台所に運び、手を洗うと手際よく野菜を切り始めた。切ったものをザルに移し、豆腐の水を切っていると背後で携帯が鳴り、希は明るい声で電話に出ていた。楽しそうな笑い声を聞かないふりして鍋に火をつける。
「俺ちょっと出てくわ〜」
「えっ、あ。うん」
声に反応して振り返って答えるより早く、玄関のドアは閉まった。泉は鍋の火を消し、深いため息をひとつ吐 いた。
泉にとってこんな光景は決して珍しいものでもなんでもなかった。気を取り直したように片付け損ねた食材を冷蔵庫にゆっくりとしまう。
眠りの中、泉はいきなりの激痛に襲われる。痛みと驚きで目を覚ます。頭の近くに大きな足の裏が見え、その先には機嫌を損ねたような顔の希が立っていた。肩を蹴られたらしくズキズキと響く。
「偉そーにど真ん中に寝てんじゃねえよ!」
暗かった部屋の電気をいきなり煌々と着けられ泉は眼が眩む。
「お、かえり……」
「水」
まだ完全に目が覚めていない身体を起こし、泉は言われた通り冷蔵庫に向かった。背後ではタバコの匂いの付いた服を希がノソノソと脱いで着替えていた。脱ぎ捨てた服を泉は拾い上げ、グラスを渡す。明らかに酒に酔った顔の希はゴクゴクと一気に冷たい水を飲み干し、空のグラスを荒っぽくローテーブルに置いた。
「光流 、来いよ」
背中を向けたままの希にそう呼ばれるが、泉は渋い顔をする。
「ごめん、明日、一限からなんだ」
こんな事、無駄だってわかっているのにと泉は思う反面、いつかわかってくれる日が来るのではないかと細 やかな期待を捨てられなかった。
だが、案の定機嫌を損ねたであろう希は泉の期待など簡単に裏切り、乱暴に腕を引っ張ると、自分の身体の前に引きずり込む。そのまま唇を塞がれ、泉は口の中に広がるアルコールの苦さに顔をしかめた。相手の呼吸など御構い無しに希は泉の口の中を蹂躙し、その舌を器用に絡めとる。
泉は唇が離れると同時に咳き込み、床に手をついて必死に呼吸を整えようとした。息苦しさで滲んだ瞳で希を見上げると、ただ冷たいその眼と視線が合うだけだった。
「喉使えよ」
避妊具も着けずに咥えた希の性器は既に完全な熱を持ち、泉の口の中にはじわじわと先端から溢れる先走りで苦い味が広がっていた。
裸で四つん這いにされ、座った状態の希に奉仕させられる。頭を後ろから強く抑えられ、喉の中にまで熱い塊が届く。必死に嘔吐を堪えながら涙を流して泉は希を悦 ばせる事にただ集中した。乱暴に頭を激しく前後に動かされ、希のモノは口の中でビクビクと震え、吐き出された精液は泉の喉を容赦無く濡らした。
頭を離され、泉はよろよろと起き上がり膝をつくが、休むことを許されずに髪を引っ張られ、今度は後ろ向きに四つん這いにされる。息を吸った瞬間、後ろから一気に貫かれ、泉は短く悲鳴をあげた。皮膚がピリピリと無理矢理避けるような痛みに涙が止まらない。無意識に逃れようする身体を希は許さず、引き止めるように泉の長い髪を背後から引っ張る。自分のペースで何度も後ろから穿ち続け、その痩せた細い肩に思いきり噛み付くと、繋がった場所は一層きつく締まり希はニヤリと笑みを浮かべた。休むことなく希は激しい抽送を続け、泉に構うことなくその中で達すると全てを注ぎ込んだ。
泉は希から解放されるとばたりと前に倒れ、震えながら変則的な呼吸を何度かつき、最後に深呼吸をし、安堵したように瞳を閉じた。
ベストセラー作家の新刊発売と共に、その作家の既刊も平置きし、書店の一角にコーナーを設けるべく茅葺は泉の指導のもと本を並べる。立ち上がるたび泉は顔を歪めるのが先程から気になり、茅葺はいい加減声にしてしまう。
「あの……大丈夫ですか?」
「え?」
「なんか、顔色良くないスよ。運ぶのとかだったら自分全然やるんで、言ってください」
泉は少し驚いたように動きを止め、何泊か黙ると薄っすら笑みを作った。
「ありがとう……」
茅葺は思わず小さくだが、表情を変え笑う泉に驚き、なぜかしばらくその姿から視線を外せずにいた――。
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