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Ⅰ-2
十分煮詰まったビーフシチューの火を止め、よそった器とサラダをトレイに乗せ運んで来た泉 は本を読んでいる希 に声を掛ける。
「お待たせ」
希は読んでいた本にスピンを挟むとテーブルに置いた。それを見た泉はある事に気付く。
「あれ?それ、うちの店のカバー……?」
「ああ、今日買った」
胸の前で両手を合わせると希はさっさとスプーンを口に運ぶ。
「来てたんだ、知らなかった――」
「俺は知ってたよ。新人くんに色目使ってるお前のこと」
「え……?」
困惑した表情の泉は言葉を失い、目の前で薄ら笑いを浮かべる希の顔を見つめた。
静かな室内に無機質な振動音が響いていた――。
「ふっ、う、うう……」
下半身だけを露出した泉の後ろ側には卑猥に動くローターが挿れられ、前は根元できつく縛られていた。泉は全身を震わせ、涙が滲む眼を瞑り、必死に口を手で抑えるが、どうしてもくぐもった声が出る。
「うるせーよ、人が本読んでるんだからさぁ」
寝室の床に泉は放置され、すぐ隣に扉続きの居間で希は鬱陶しそうにボヤく。泉はガクガクと震えながら薄目を開け希の方を見た。
「臭いなぁ〜なんかこの部屋臭う?換気するか?窓全開にしてやろうか?」
希は本を置いて立ち上がり、泉の傍に立った。ペチリと尻を叩かれ泉は小さく呻る。希の手はそのまま紐で繋がれたリモコンに伸び一気に振動の強さを最大にされる。泉は悲鳴をあげそうになるのを唇を噛んで必死に堪えた。背中からは希の低い嫌な笑い声がした。
「もうパンパンじゃん、光流 」
笑って喉の奥を鳴らし、希は泉の尻を今度は強く叩いた。
「やっ……っ!」
刺激に弱くなった身体を震わせて泉はひたすらに耐える。息をするたびに短く声を上げながら泉の瞳には涙が止まることなく溢れていた。
希は泉の前に回り、顎を持ち上げ「イキたい?」と意地悪く問う。
「イキ、たい……っ」
なんとか声を絞り出し泉が答えると、身体に入ったローターはようやく抜き取られ、次に希は自分自身を扱いて硬くさせた。
「貸してやるよ」と泉の前に座ると、ヨロヨロと身体を起こした泉が希の肩に手を掛けその身体を押し倒した。力の入りきらない身体をフラつかせながら泉は希のモノを手でなぞり、その上にゆっくりと腰を下ろした。散々弄られて柔らかくなった場所は簡単に希を受け入れ、ずるずると吸い付きながらも奥へ奥へとそれを飲み込んだ。
「あっ、ああっ」
希の太いモノが中に入るだけでも十分な刺激の筈なのに、泉はもっと気持ち良くなりたくて自分の根元を縛る物を解こうと手を伸ばした。
「ダメだ、このままやれ」
希は泉の両手首を掴んで手前に引き、命令する。
「っ……、無理っ……」
「無理じゃねぇ、動かせよ!」
そう言い放つと希は自ら腰を突き上げ、泉の奥を更に貫いた。
「ひ、あっ!……ああっ」
泉は苦しそうに眉間に皺を寄せ、力の入らない腰をどうにか動かし始めた。ゆっくりした動きでも今の泉には刺激が強過ぎるようで、縛られた泉自身は辛そうに先走りを垂れ流しては、ビクビクと揺れている。
泉の限界は呆気なく訪れ、一際大きく声を上げたかと思えば、口を開いたまま必死に息を吸い、まるで陸に上がった魚のようだった。射精出来なかった泉自身はゆらゆらと屹立したまま揺れ、透明のものが伝うだけだった。
「栓しとけよ、ソレ」と希は小さく笑うと、泉自身を縛っていたものを荒っぽく解いた。そのまま今度は自分が上になり、泉を押し倒すと繋がった場所を容赦なく攻めた。
「だめっ、やっ!、……あっ、ああっ!」
泉の悲鳴も呼吸も何もかもを無視して希は何度も強く奥まで貫き続けた。腹の内側を擦るように動くと泉はより一層声を上げた。その喉や肩、胸に噛み付くと泉は更に希を締め付けた。
それがただの痛みなのか、快感なのか分からないまま、泉は声が枯れるまで鳴き続けた。
泉はボンヤリと制服のエプロンを被り、後ろ手で腰のボタンを留めた。
「その手首、どうかしたんですか?」
背後からいきなり茅葺 にそう声を掛けられ、驚いた泉は肩を揺らした。その手首は赤紫色に内出血しているように見えた。
「あ、これ?あの、ちょっと、ひねって……」
隠すように身体を反転させ、泉は慌てたように長袖を引っ張った。あからさまな姿に茅葺はそれが嘘だと見抜いていた。
「先、出ます」
急いで茅葺の前を横切り、売り場に向かう泉の首には赤い跡がハッキリと付いていて、茅葺はギクリとする。驚いている間に更衣室のドアは閉まり、泉は姿を消した。
「それって……まさか。いや、まさかだよ、な……」
茅葺は誰に誤魔化しているのか、ひとりで「はは」と乾いた声で笑った。
勤務が終わり、いつものように早々に着替えた泉は、誰よりも早く店を出たが、その後を茅葺は追う。
「泉さん!」
いきなり呼び止められ泉は驚くが、ゆっくりと振り返った。
「な、何……?」
「あの……、スゲー大きなお世話かもしれないんですけど……、その、泉さんて――男と付き合ってますか?」
いきなり確信を突かれ、泉は反応が遅れた。
「――な、なんで?」
「チーフが前に泉さんが怖そうな男と待ち合わせて帰って行ったって話してて……その人がそうなのかなって……」
泉は一瞬逡巡するが、すぐに返答した。
「あれは、幼馴染みだから」
「――首」
「え?」
「首にキスマーク付いてますよ。見えにくいですけど後ろ側、俺は気付きました。それで髪の毛伸ばしてたんですか?」
泉の瞳はあからさまに驚いて揺れていた。
「それに、手首。両手同時に捻ったりします?これ、指の後ですよね」
茅葺は泉の左腕を掴んで持ち上げた。袖が少し下がり赤紫色の痣が細い手首から覗く。
「何っ、離して!」
「暴力――、振るわれてるんですか?」
茅葺は泉の瞳の奥を覗くように近くまで顔を寄せる。傍に寄ると掛けている眼鏡が伊達である事がわかった。レンズの奥では大きな瞳が濡れたように揺れてこちらを真っ直ぐ見ていた。
「ちが……う、そんなんじゃないからっ」
「男と付き合ってることは否定しないんですね」
「あっ……」
「俺――泉さんとは知り合って間も無いですけど……、どんな人でも見過ごせないです。脅されてるなら警察に」
茅葺の言葉を遮るように強く、泉は声を発した。
「違う!違うから!これは暴力なんかじゃない!俺自身の……、せいなんだ。……悪いのは俺なんだ――」
「泉さんが何したって言うんです――」
「――――言えない……」
静かに寝息を立てて眠る希の横に、泉は膝を抱え座っていた。規則正しい希の寝息だけが耳に届く。深くため息を付いて俯く姿を希は薄っすらと開けた冷たい瞳で見つめていた――。
「すみません」
しゃがんで本を整理していた茅葺は、男性客に声を掛けられ、作業の手を止め立ち上がる。
「ハイ、お伺いします」
「本を探してるんですけど」
「どのようなタイトルかお分かりですか?」
「DVされてるホモを救う王子様の本?」
急にトーンの下がった声でそう告げられる。茅葺は怪訝な眼差しで男の顔を見てすぐにハッとした。
――まさか、こいつ……。と腹の中で茅葺は勘繰る。
自分と大して年の差もなさそうなその男は、180㎝あるかないかの高めの身長にしっかりとした体格と真っ暗な髪とハッキリとした眼をしており、その強く鋭い眼光が茅葺を見据えていた。
「あの――――?」
「アレ?違った――?ドM書店員のポルノだったかなぁ?」
男はニヤリと口の端を上げて笑う。茅葺は男の視界の先に泉の姿を見つける。
こちらに気付いた泉は慌てて駆け寄り、茅葺と男の間に立った。
「茅葺さん、変わります。あの僕の作業を」
「やっぱりコイツか」
茅葺が泉を遮り、乱暴にそう告げた。
「茅葺……くん」
泉は青白い顔をして茅葺を見る。それを見た男は笑みを崩さずに茅葺に問う。
「俺に会いたかったんだろ?王子様」
「茅葺くん、仕事に戻って。お願いだから」
泉は茅葺の両腕を掴んで揺らし、必死に懇願するが茅葺に自分の声は全く届いていないようだった。茅葺は男から一切視線を逸らさない。
「アンタ――この人の何なんだよ」
「――所有者だよ」
そう告げた男の顔からはすっかり笑みが消えていた――。
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