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Ⅰ-3

 茅葺(かやぶき)の頭を血液が一気に沸騰したような感覚が襲う。怒りは熱さを通り越して、急激な寒気(さむけ)を感じたように茅葺の身体をガタガタと震わせた。(のぞみ)に向かって前に一歩進むとその身体を必死に(いずみ)が抑え込む。 「茅葺くんっ……、お客様のご迷惑になるからっ」  声を殺しながら泉は茅葺に訴える。興奮状態の茅葺は獰猛な犬のように歯を食いしばりながら希を睨みつけている。 「じゃあね、部外者の王子様」  そう振り向きざまに淡々と言い捨て、希は二人の前から姿を消した。  店長に頼んで泉は茅葺を休憩室へ連れて行き、落ち着かせる為に一度座らせた。  机に両肘をついて頭を抱える茅葺は怒りが収まらないのか、足をガタガタと揺すっている。 「なんで黙って許すんですか!アンタを物扱いする人間(ヤツ)のことなんか!」  苛立った口調で早口に話す茅葺とは正反対に穏やかな声で泉は返す。 「茅葺くんこそ……なんで?そんなに怒るの?」 「こんなの常識的におかしいでしょう!」  茅葺が泉に視線をやると、その顔は何の苛立ちも怒りもなく、ただ柔らかで、どこか微笑んでいるようにも見えた。 「希とは――、本当に幼馴染みなんだ」  余りにも静かなその声に、茅葺の身体に入っていた過剰な力は抜け、足の揺れが止まる。 「4歳の時から隣同士の家で育った。それから今までずっと一緒なんだ」 「ずっと、って……?」 「言葉通りだよ、俺たちは17年間一緒にいる」 「じゅう……なな、年、も……?」  茅葺がひどく驚いていることはその見開かれた双眸から読み取れた。 「それに――、希の言った通りだから」 「――泉さんはそれで幸せなんですか……」 「しあわ……せ?」  泉の顔から一切の表情が消えた。そして、どこか遠くを眺めるような、視点の合わないぼんやりとした瞳のまま、ポソリと呟く。 「幸せって……、感じ取れるものなのかな?」    風呂を済ませた茅葺は、バスタオルで髪を拭きながら脱衣所を出ると部屋に続くドアを開けた。  あれから仕事の間も家に帰ってからもずっと泉のことが頭を離れない。深いため息を付いて茅葺はベッドに腰掛ける。  机の上で短く鳴ったメッセージの着信音に気付き、携帯を手に取る。  そこには"泉光流(ひかる)"の名が表示されていた。何かあった時の為にバイトだけで連絡先のグループを作ってはいたが、泉から個人的に連絡が入るのは初めてのことだった。少し不安を覚えながらメッセージを開く。  メッセージには件名も本文もなく、動画ファイルだけが添付されていた。訝しみながらもゆっくりとそれを開く。  動画は突然始まり、そこには膝をついて座る泉が一人で映っていた。『なんで、録るの――?』と視線を他に外しながら不安そうに質問する泉に『録りたいから』と答えるあの男の声がした。  茅葺は無意識に携帯を持つ手に力が入る。  映像の中の泉は普段と違い、眼鏡を掛けておらず、髪も縛られていない分、顔に長い髪が掛かり、少し雰囲気が違って見えた。 その泉の頭を乱暴に引き寄せ、男は「早く咥えろ」と恐ろしい台詞を吐いたのだ。  泉は言われた通りにじわじわと唇を開き、男のモノに手を添えてゆっくりと口の中に含んだ。画面の中の泉は目を瞑り辛そうに震えている。  焦れったいのか、男は泉の頭を乱暴に掴んで抑えつけると、更に奥へと飲み込ませた。男が「眼を閉じるな」と強く命令すると、辛そうに眉を下げ、大きな瞳を潤ませる上目遣いの泉が、まるでこちらを見ているかのように映った。その瞬間、茅葺の心臓は杭でも打ち付けられたかのような激しい衝激を受けた。  泉は無抵抗のまま男の機嫌を損ねないよう必死に奉仕を続け、喉の奥までも延々と犯される。散々嬲られ、最後は男の出したもので顔を汚される。苦しそうに咳き込む泉など御構い無しに男は肩を掴み、身体を反転させるように床へ押し付けた。 「んっ、いやだ!」  拒否して身体を起こそうとする泉を男は思いっきり平手で殴り付けた。余りの強い力に泉は鈍い音を立て頭から床に倒れ込む。痛がる泉など気にもならないのか、髪の毛を引っ張り頭を持ち上げ、涙の滲んだ辛そうな赤く腫れた顔をカメラに向かせた。  諦めたように俯せに寝かされた泉は顔だけを横に向け、その瞳は人形のように遠くの一点を見つめている。  次の瞬間その顔は痛みで歪んだ。顔の横に両手を付き、身体はガクガクと震えている。目を瞑り、痛みに耐えているかと思うと、痩せた泉の肩は一定のリズムを刻むように前後して揺れ出し、茅葺は泉が男に何をされているのかをすぐに悟った。  始めは痛みを耐えるかのように辛そうな声が漏れていたが、泉の身体を知り尽くしているであろう男はすぐにそれを湿った甘さを秘めた声へと変化させる。それは茅葺が未だかつて聞いたこともない、鼓膜に響くように高く、ひどく艶かしい泉の声だった。  そこで映像はブツリと終わり、携帯画面は真っ暗になる。黒い画面に鏡のように映る自分と目が合い、茅葺は我に帰った。  携帯を握りしめたまま、ヨロヨロとベッドに腰を落とし、頭を抱える。   ――眼に、耳に、脳の中にまで、捲られた衣服から覗く泉の滑らかな肢体が描く影や熱を持った甘美に鳴く艶やかな声が深く刻まれ、茅葺は苦しそうにうな垂れた――

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