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第1話後編「ヤクザ店長」
ぴろりろりん♪
「お?なんだ、今日はよく会うな」
「ハアッ、ハアッっ、ハア・・」
ヤクザ店長は煙草をふかしながらレジの金を数えていた。息も絶え絶えの俺はひとしきり店長を睨んでから、奴の前で仁王立ちした。
「おまっ・・あの場面で、置いてくなよ!」
「あの場面?」
「さっきの、変な学生どもに絡まれた話だよ!あいつら、狼とか匂いとか変な事いってただろ!」
「そうだったか?」
「そうだよっ!お前何か知ってるんじゃないのか?!」
「知らん」
あくまでもシラを通すつもりらしい。何を言っているんだという顔で返される。
(あれだけ目の前で繰り広げておいて今更何を・・・っ)
絶対店長は何か知っている。そしてそれを隠そうとしているのもわかった。
「ああそうかよ!そっちがそのつもりなら、あいつらの事はもう聞かねーよっ!代わりに、お前がいってた耳がいいとか体が丈夫って話を聞かせろ!」
「・・・よく覚えてるな」
今まで無表情だった店長が顔をしかめて低く唸っている。俺は胸を張って宣言する。
「記憶力はいい方なんだよ。あんだけ殴られて無傷とかヤクザでも無理だろ?どういうカラクリなんだ!」
俺だけ蚊帳の外にしようったってそうはいかねえぞ。苛立ちをぶつけるように詰め寄った。
「・・・」
店長はしばらく俺の顔を睨みつけてから、諦めなさそうだと判断したのか観念するように頭を振った。
「はあ・・今から俺が何を言っても引くなよ」
「ああ」
「他言も無用だ。言ったら殺すからな」
「わ、わかった」
殺すとヤクザ顔で言われ反射的に頷く。満足した店長は金をレジに戻してから新しい煙草を咥え、火をつける。
すうっ
思いっきり吸い込んでから口を開いた。
「まあ、ぶっちゃけるとな・・、俺は狼男なんだ」
「・・は?」
「そんでさっきのガキ共は猫又の手先だ」
「ま、待て待て、まってくれ」
手をあげて、喋り続ける店長を停止させる。
「えっと?まず、お前がなんだって?狼っつった?獣・・・ああ、肉食男子ってこと!夜はすごいぞ的な????」
「落ち着け」
店長は俺の見るからに動揺した様子に笑っている。
「狼男だよ、ウルフマン。名前ぐらい聞いたことあるだろう」
「そりゃまあ・・・でもそんなの空想上の話だ。俺を騙そうとそんな嘘をついたって」
「嘘ならもっとマシな嘘をつくさ」
口角をあげて、犬歯を見せ付けるように煙草を咥え直す。
「信じられんだろうが、事実として狼男は存在する」
「・・・証拠は」
「俺が証拠だ」
「・・・俺の目がおかしくなければ人間にしか見えないけど?」
刺青いれてるヤクザ店長だけど、人外の化け物には全く見えない。そういうと、何故か嬉しそうに笑った。
「店長?」
「いや、なんでもない。・・今のセリフ、これを見ても言えるか?」
店長は何を思ったのか、
ガブッ
自らの腕に噛み付き血がぽたぽたと滴ってくるまで自らの歯を食い込ませた。
「おっ、おい!!!」
慌てて止めに入る。だがそれより早く、歯形の穴がメリメリと音を立てて埋まっていくのを目にして言葉を失った。
「え・・・?!」
目の錯覚でなければ、怪我が瞬時に回復した・・ように見えた。まるで早送りの映像を見ていたかのような、人間の治癒力ではありえない速度だった。店長はあくまでも淡々と説明していく。
「狼男は他の種族に比べ、特筆した能力が少ない。唯一あげられるのがこの丈夫さだ。狼男の持つタフさは他の種族も肩を並べる事ができない」
他の種族って、さっき言ってた猫又とかそういう奴らの事だろうか。
「とりわけ日本に生息する狼男は銀狼と呼ばれ、その血を飲めば不老不死になれるとさえ言われている。まあ俺から言わせると全くのデマなんだが、他の種族はそれを信じきって俺を襲ってくるわけだ。ったく・・・山を降りて人里に来れば、少しは人目を気にして数も減るかと思ったんだがとんだ誤算だ」
「・・・じゃあさっきの奴らはお前の血を狙って襲ってきたって事か」
「ああ、そうだ」
そこまで言うと煙草を吸うため口を閉じてしまう。俺はしばらく考えてから気になっていた事を聞いてみた。
「なあ」
奴(ミカとか呼ばれてたか?)は俺の体の匂いを嗅いで「臭い」と言った。
「もしかして奴らの言っていた匂いっていうのは」
「俺の匂いだろう。俺の匂いがするお前を狼男だと誤認した。だからお前を襲った」
「え、それって、つまり・・・」
さっき襲われたのって
「お前のせいじゃん!!!!!!」
「ははは」
俺巻き込まれただけじゃん!!そう叫べば、店長は笑い転げるのだった。
「はっはっは!」
「何笑ってんだ!お前のせいで化け物集団に拉致られる所だったんだぞ!」
「だから助けに行ってやったんじゃないか。こうしてレジも閉めずに」
「恩着せがましく言うな!元々はお前のせいで襲われたんだから当たり前の事だろ!!・・・金は無事だったのかよ」
「一円も盗られてない。日頃の行いだな」
売り上げが無事だと聞き少し安心したが、それと俺の話は別だ。
「そもそもどうして俺の体からお前の匂いがするんだよ?犬とか猫みたいな匂いつけとかしたのか???」
「はあ?するわけねえだろ、キモい事いうな」
蔑むような目で見られた。なんだこの店長、殴ってやろうか。てゆうかヤクザじゃなかったらここまでの話で一発や二発殴ってるだろう。
「まああまり考えたくないが、店の商品には少なからず俺の匂いがついてる。それを毎日食ってる上に、毎日俺自身とコンビニで顔を合わせているからな。そりゃ匂いもつくだろう」
「ええええっそんだけで匂いって移るのか?!」
コンビニ飯くってたせいで誘拐されそうになったとかどんなホラーだ。
「これって消臭スプレーとかかけたら消えんの?」
「どうだろうな。お前ら人間の嗅覚では計れない淡い匂いだし効くかは保証できん。試してみたらどうだ?そこに安い奴が置いてあるぞ」
「こんな時も売りつけんな馬鹿店長・・・」
頭を抱えて蹲る。匂いが消せないということは、今後も店長(狼男)を狙う奴らに間違って襲われるかもしれないということだ。
「俺、明日からどうやって生きてけばいいんだ・・・!!」
「飯食って寝ればいい」
「そういう事じゃない!!」
俺の悲痛な叫びに対し、店長は何故か楽しそうに笑うのだった。
翌朝、眩しいほど爽快な朝日に照らされ俺は目を開けた。昨日の騒動のせいで一睡もできず、目の下には真っ黒のクマができていた。
「・・・顔、洗ってこよ」
ベッドから出て洗面に向かう。何度か冷たい水で洗ったことで頭のもやが少しだけ冴えた気がする。いつ襲われてもおかしくないと思って震えて過ごした昨日の夜はとても長く感じた。できたら二度とこんな思いはしたくない。
「それもこれも店長のせいだ・・・」
げっそりとしつつ時計を見る。6時前。金曜の夜食料を買いだめして引き篭もるのが習慣になっていたため、冷蔵庫には何もない。
「仕方ねえな・・」
どれだけ怖い思いをしても腹は減る。食料を確保すべく身支度を始めるのだった。
「以上で2540円でございます」
アパートの近くにあるコンビニで物資を買い込む。これで土日ずっと引き篭もっていても問題はないだろう。
『奴らは人間の恐ろしさを知っている。1対1では勝てても束になられたら面倒だと理解してるんだ。まあ、そもそも人間の社会を理解してる奴じゃなきゃこんな都会まで入ってこれんだろう。なんたってここは人間の国だ。だから、たとえ目を付けられていたとしても、表立って襲われる事はまずないだろう』
店長はそう言い切ってから、付け加える。
『だが注意しろ。会社や店の中っていう人間の社会にいる内は襲われないが、逆に言うと、一人になった瞬間が危ないってことだ』
鍵をしっかり閉めて、なるべく一人になるなと忠告された。まるで過保護な父に諭される娘のような心境で複雑だが、命には代えられないので素直に鍵は締めておいた。厳重に、しっかりと。チェーンもかける。
「これでよし」
買い物袋をもち部屋まで歩く。座椅子に座った瞬間、どっと疲れが押し寄せてくるが、空腹もきつくなってきたため袋を漁っていく。思えば昨日の昼間からちゃんとしたものを食べていない。
『乳製品ばっかじゃ体壊すぞ』
袋からグラタンを取り出しながら昨日のコンビニでのやりとりを思い出す。
「・・・野菜か」
もちろん今日は買ってない。野菜なんて、気が向いた時ぐらいしか買わない。でも、ああやって言われた事自体は嫌じゃなかったんだと今更気付いた。拾い上げたグラタンがやけに味気なく思えてくる。
「・・・ああもう、あいつの事なんて知るかっ」
変な奴に襲われたり、不眠症になるまで怖い思いしたり・・・全部あいつのせいなんだ。あんな奴のコンビニなんて二度と行くか。
ピンポーン
安っぽいインターホンが鳴る。うたた寝していた俺は飛び起きるようにして玄関を見た。いくら安アパートで壁が薄いとはいえ、自分の部屋のインターホンを間違えるわけはない。
「っだ、誰だ・・!?」
時計で確認したが今は21時で、大家や宅配が来る時間じゃない。
ピンポーン
混乱している間もインターホンは鳴り続ける。俺は居留守を決め込み、音から遠ざかるようにベッドに潜り込んだ。
(流石に、扉を蹴破ってくる事はないだろ)
たとえ昨日の奴らだとしても、扉を壊せば隣人に気取られる。それはなるべく避けたいはずだ。このまま静かにしていればいつかは去ってくれるはず。そう願って目を瞑る。
ピンポーン、ピンポーン
ダンダン
インターホンの後、扉を叩くような音がする。
(うるさい)
ダンダンダンッ!!
(やめろっ)
耳を塞ぎ、必死に忘れようとする。だがどんなに遮断しようとしても視線を扉から外す事はできなかった。今にも扉が破られそうで、恐ろしくて視線を外せない。
ダンッダンッダンッ!!
「ーーっうるせえっ!!」
恐怖に駆られ叫んでしまった。
(やば・・)
しまったと思ったときにはすでに遅い。
「おい!そこにいるのか?」
「!!」
外から声をかけられ、ひっと悲鳴をあげた。しかし。
「おい!想真!いるんだよな?大丈夫か??倒れて死んでないか??」
その声はやけに聞き覚えがあり、思考が一気に冴えていく。
「もしかして・・・悟か?」
声の主は会社の同期の前原悟(マエバラサトル)だった。昨日の帰りに飲みに誘ってくれた奴だ。俺は慌てて玄関に向かった。念のため覗き穴から本人か確認してから扉を開ける。
「よかった!生きてたか!死んでるかと思って焦ったぞ」
思ったとおり、悟だった。フードを被ってはいるが見覚えのある顔にほっと安心する。
「ごめん、居留守してた・・・」
「いやいや俺こそ急にごめんなーちょっと近くまで来たから声かけに来たんだ」
「そっか、中入るか?」
「いや、今日はやめとく。それよりちょっといいか?」
「え、ああ、少しまってくれ」
部屋に戻り、外に出れるレベルの服に着替える。荷物は・・・アパートの鍵以外いらないだろう。鍵だけもって玄関に戻った。
「で、なんだ?」
「それがさ・・・んー・・歩きながら話してもいいか?」
「?いいけど」
変な奴だな。まあ、向かい合いながらだと話しにくいってのはわかる気がするけど。
(悟ってそういうタイプだったか?)
悩むより行動!っていう直球タイプだった気がする。だが、その疑問は悟とのやりとりをしていくうちに直に薄れていった。昨日彼女と喧嘩をしたらしく、その助言が欲しいとのことだった。
「あの子はさあ、望みが高すぎるんだよ」
「うん」
「でも叶えてやりたいって思うんだ」
「そっか」
「どんなに難しくても、世界中が敵になっても・・・さ」
「うん」
俺は歩む足を止めずに空を仰いだ。恐ろしいほど大きくて丸い満月が天上に浮かんでいる。
「悟がそう思うなら一緒に叶えていけばいいんじゃないか」
「・・・そうかな」
俺の言葉に悟は複雑そうな顔で見てくる。フードのせいで表情はよく読めない。だがこちらを見据える瞳は純粋なほど透明だった。一瞬悟とは別人かと思ってしまうほどに。
「そっか、そうだよな」
納得した悟は力強く頷く。
「悩んでても仕方ねえよな!これから彼女の家に行ってくるわ!そんで、話しあう」
「それがいいな」
「ありがとな、聞いてくれて」
「別にこれぐらい気にすんなよ」
ばんっと軽く背中を叩いてやると悟は少し驚いたように目を見開き、それから控えめに笑った。あまり見たことのない笑い方で、にやりと口角をだけただけの笑顔。
(ん?どこかで見たような・・)
「そういえば、想真、会社近くにあるコンビニって知ってるか?」
「それって・・・ヤクザみたいな店長がいるコンビニ?」
「ああこ」
知ってるも何もここ数年毎日通ってました。
「知ってる。それがどうしたんだ?」
「実はさ、あっちに少し広めの緑地公園があるだろ?そこで・・・あのコンビニ店長が殴られてるのを見てさ」
「え・・・」
ドキリと心臓が鳴る。まさか昨日の奴らに襲われているのか?
『丈夫にできてるからな』
(いやいや大丈夫だって。本人がそういってたじゃないか)
いくら複数相手でも、あのヤクザ店長がガキ相手に負けるはずない。だが、もしも・・・もしも万が一本当に危ない事になってたらどうする?相手は普通の学生じゃない。店長の話が嘘じゃなければ人間ですらない、化け物集団なのだ。
「助けたほうがいいかなって思ったんだけど、あの店長見た目があれだろ?警察沙汰にすると逆に困るかなと思って悩んで結局やめちゃったんだよ。でもなんか気になってさ・・・っておい!想真!?」
俺は走り出していた。もちろん、アパートの方じゃない。
「俺、見てくる!必要だったら俺が通報するからお前は彼女のとこに行け!」
「おい想真!一人じゃ危ないって!」
悟の静止も聞かず俺は緑地公園に向かった。
俺、何してるんだろう。これで何十回目の自問自答。その答えは今までと同じく応えられないまま保留になる。
「はあっはあっ」
辺りを見回す。公園の中に入ったが、特に人影は見えなかった。乱闘や怒声も聞こえない。だが俺が見えてる範囲は公園のほんの一部だ。早朝はマラソン選手やペットの散歩で賑わうこの緑地公園はそれはそれは無駄に広い造りをしていた。今は見えてなくてもどこかの場所で事件が起きている可能性は十分ある。
「くそ・・・っ」
探そうにも、手がかりが少なすぎて見つかる気がしない。
「だめだ!」
弱気になる自分を叱咤して、もう一度走り出す。今度は西側に行こう。西側エリアは大きな池がありその付近は木も少なめで視界が開けている。もしも化け物が暴れようとした場合、動きやすく、かつ人目につかない場所を選ぶはず。その候補に一番近いのは西側エリアだ。
たったったっ
しばらく走ると西側フロアが見えてきた。大きな池を中心にして桜の木がまばらに立っているここのフロアは春になると桜の名所としてかなり賑わうが今は人っ子一人・・・。
「ん?」
予想に反して桜の木の下には大勢の人間が集まっていた。4,5人とかではなく100人は超えそうな大集団だ。
(何か怪しい集会でもやってんのか?)
こんな夜中に人が集まるなんて怪しさしか感じない。全体的に20代から30代の男が多い。まさかと思った。
「あそこにヤクザ店長が・・・?!」
そんなわけないと思っていても確かめずにはいられなかった。西側エリアに到着すると集団の1人が振り向き、おーいと手を振ってきた。その人間の顔に見覚えはない。戸惑っていると、そいつが駆け寄ってきた。
「ミカさん!お疲れ様です!」
全く見当違いの名前に首を傾げる。
(ミカって誰だ?)
どうやら人違いをされてるようだ。でも、ミカってどこかで聞いたような・・・。
「ああ、そっちはどうだ」
俺の後ろから、聞き覚えのある声がした。急いで振り返れば、悟が立っていた。
「お前?!悟、どうしてここに!彼女の家に行ったんじゃ」
「どうしてって。そういう作戦だからだよ」
「は?」
「さあ、皆待ってます、行きましょう!ミカさん」
「ああ」
悟はにやりと笑ってから俺の背中を押してくる。早く歩けと急かすように。俺は信じられないものでも見るように悟の横顔を見つめた。
「おい、悟!」
「うるさい。自分で歩くつもりがないならその足切り落としてオレが運んでやるけど?」
「!」
悟は冗談でも「足を切り落とす」とかそんな事言う奴じゃない。
「お前一体誰だ!」
「察しが悪いな、ミカって呼ばれてただろ」
「ミカ・・・って!まさかお前!!」
(昨日の夜襲ってきた奴らか!!)
ミカと名乗ったその青年はにやりと笑ってから自らフードを外した。するとその下に、おもちゃとかでよく見る猫耳(?)がついていた。見た目は悟のままなのでとてもシュールだが、衝撃は十分受けた。
「おまっ・・・男が猫耳とか・・・罰ゲームか?」
「罰ゲームじゃない!これはれっきとしたオレの耳だ!」
「え?!さとっ・・・違、ミカの耳だって?本当に生えてるのかよ?」
「馬鹿にしやがってっ・・引っ張ってみろ!!」
ご好意に甘えさせていただき、軽く引っ張ってみる。取れない。接着剤をつけていたら髪の毛が浮いたり動くはずだし、耳の根元も頭の頭皮と滑らかに接合されており切れ目がない。これではまるで本当に頭から生えてるみたいだ。信じられず何度も耳を撫でていると
「いつまで触ってんだ猿野郎!」
半キレされたミカに手を叩き落される。
「わ、悪い・・つい気になって」
「いいから歩け!これからアンタを餌にして狼野郎を誘き出すんだから」
「え、俺を餌にってどういうことだよ?ここに店長はいるんじゃないのか?」
(って、そうか・・・あの話も全部嘘だったんだな)
あの話も全て、俺をここまでおびき寄せるための嘘、罠だったんだ。そこまで理解して、沸々と怒りが浮かんでくる。だがそれと同時に安堵した。店長が危ない目にあっているわけじゃない。そうわかると一気に肩の力が抜ける。
「何安心してんだよ。これからアンタは拷問されんだよ」
「なあ?!」
拷問??
「狼野郎は耳がいい。多分この距離でも叫べば届くはずだ。だから野郎を誘き出すためにアンタにはたっぷり悲鳴をあげてもらう」
「ば、馬鹿いうな!拷問なんて嫌に決まってんだろ!」
なんで俺が拷問を受けなきゃいけないんだ。ここまで無関係の俺を巻き込んでおいて、私生活もぐちゃぐちゃにされて・・・これ以上追い詰めるとか鬼畜か??
「やってられるか!!」
「おっと」
逃げ出そうとするが左右から拘束され、あっという間に自由を奪われる。
「はなせ!!」
「猿は足が遅いし、一匹だと滅法弱い。弱点だらけだ」
ミカが勝ち誇ったような顔で見下ろしてくる。
「さあ、行くぞ。姐さんがお待ちだ」
店長が言っていた。ミカたちは猫又の手先だと。ならば姐さんというのは多分猫又の事だろう。
(その猫又とかいうやつが店長の血を欲しがってるんだよな)
てかそもそも猫又ってなんなんだ。誰も説明してくれないんだけど、これって常識なのか?俺だけ知らなくて恥ずかしかったりするのか?
ナアアアゴッ
ふと、腹を震わせるような大音量が前方から届いてくる。音が大きすぎて一瞬音として聞き取れなかったが、二度目に聞いたときはそれが猫の声にやけに似ていると思った。
ナアアアアゴッ
鳴き声を上げている主の姿はすぐに見えてきた。桜の木の下で座り込み、月を眺めている大きな三毛猫。サイズ的に虎だが顔や体の作りは猫のそれだ。その三毛猫は尻尾が二つに分かれているところだけが普通の猫とは違う。二又の尻尾を持つ化け猫だ。
(そうか、だから猫又・・・)
ふと、猫の金色の瞳がこちらを向いた。
ゾクリ
この感覚は初めてじゃない。黒い影の猫を見たときと同じ。昨日オフィスで見た猫はこいつだったと気付く。
「うふ、待ってたわよん」
どこからともなく、煙草でやられたような掠れた声が聞こえてくる。声だけでは女か男かわからないが、口調的に女だろう。辺りを見回すが声の主らしき女は見当たらない。
「こっちよ、こっち」
でか三毛猫の尻尾がびゅんっとしなる。俺はそれに驚きつつ、確かめるように問いかけた。
「お前が喋ってんのか?」
「そうよ、昨日ぶりかしらん」
「!・・ああ、昨日はよくもやってくれたな」
そこまでいって言葉を切る。隣に立つミカは頭を下げたまま黙っていた。
「あんたがこいつらを指揮したんだろ」
「そうね。まさかあなたが人間とは思ってなかったの、巻き込んでしまってごめんなさいね」
「・・・」
思っていたと違う反応を返され調子を狂う。猫又は店長を殺そうとしている化け物だと聞いていたが、ミカやその取り巻きと違い、話が通じるのかもしれない。話が通じるのであれば相談の余地がある。
「なあ、猫又とやら」
「タマでいいわよん」
タマ。定番ネームすぎて拍子抜けする。やっぱりこいつ化け物じゃないだろ。特別変異で大きくなっちまっただけの猫なんじゃないかと思ってしまう。
「わかった。タマ、一つ忠告しておくが、俺を拷問したって店長は来ないぜ」
「でも昨日は助けに来たんでしょう?いいわねえ、男の友情。大好きよん」
「あれはコンビニの・・・奴の領地の近くだったからだ。俺と奴は親しい間柄でもないし、奴がここまで助けに来る義理はない」
「本当かしら?ミカの話だとやけに仲良さそうに話していたらしいじゃない」
「それは・・・話ぐらいする。でもそれは人間社会で暮らす上で必要な、最低限の会話だ」
「そうなのん?」
タマは目を丸くして驚いている。本音を言えば、最低限というのは嘘だ。店長とは最低限を超えて話している。思えば、仕事で関わる人間を除けば、都内に引っ越してきてから一番話している相手は店長かもしれない。
『なんだ、ママと離れるのは寂しいか』
『乳製品ばっかじゃ体壊すぞ』
『可愛くない奴だ』
『お前はそこにいろ』
半日会ってないだけなのに、なんだかずっと話していないような気がする。
(馬鹿馬鹿しい)
誰のせいでこんな事になってるんだよ。苛立ちは覚えても、寂しさなんて感じるわけない。
「じゃああなたを拷問しても意味はないという事?」
「そうだ。だから俺は帰らせてもらう」
止められる前にと俺は背中を向け歩き出した。ミカは頭を下げたまま微動だにしない。多分逃げるなら今しかない。
「待って」
タマの声が追いかけてくる。足を止め振り返った。
「なんだ」
「わかったわ。あなたを拷問するのはやめる」
「!」
諦めてくれた事に安堵する。これで帰れる。そう思ったのが馬鹿だった。俺は人外という存在の恐ろしさをわかってなかった。
「拷問はやめる。けれど、あなた、すごく好みなのよねん」
「はあ・・・どうも」
「だから、襲うことにするわ」
へ?と思ったときには目の前にまで黒い影が迫ってきていた。ものすごいスピードで見えなかった。
ドサアッ
飛び退るも間もなく押し倒される。
「っぐ!何、する!」
「この体のままもいいけれど、あなたの体が最後まで耐えれないし・・・こっちにしてあげるわん」
俺を上から押し倒した状態のまま、猫又は大きく身震いした。すると、メキメキという音と共に猫又の体が変形していく。すらりとした手足はボディビルダー並みの筋肉隆々の腕になり、ぽってりとした腹回りは腹筋の割れたごつい腹へと早変わりする。顔ももちろん猫から人の形になった。
(どういう・・ことだ、これ)
割れた顎が特徴のいかついマッチョ男に見下ろされる。猫が人になったことも衝撃だが、それ以前に
「お前・・・雄だったのかっっ????!」
「うふ、バレちゃった?見ないで~恥ずかしいわん」
「その顔でうふとか言うな!!」
「失礼ねえ~体はこれでも、心は乙女なのよん?」
心外だと憤慨する猫又(雄)に動揺する俺。こんなマッチョに押し倒されたのも、おねえなおっさんを見たのも初めてだ。どう対応したらいいのわからずフリーズする。
(いやいやいや!落ち着け!こいつはおねえとかの前に猫又っていう化け物だろうが!)
ほんの数秒前、猫から人になるっているありえない光景を見たのになに悩んでるんだ。気を取り直して、俺の服を脱がせにかかっている腕を引き剥がした。
「やめろ!俺はっ男を抱く趣味なんてねえんだよ!」
「あたしだって抱かれる趣味は無いわ。抱く趣味はあるけれど」
「同じだあっっ!!」
「全然違うわよん。ほら暴れないで、爪が刺さっちゃうから」
指の先にしまわれていた爪がクンっと飛び出してくる。そのあまりの鋭さにノドがひゅっと鳴った。
「お、俺を殺したって、何の得にもならないぞ」
「殺さないわよ。こんなあたし好みのイケメン逃がすものですか」
ぎゅっと抱きしめられ鳥肌が立つ。
(うううううっ)
悲鳴を出さずにいるだけで精一杯だった。
「くんくん。はあ・・この狼の匂いだけ鬱陶しいけれどまあその内消えるわよね。すぐにあたしの匂いで塗り潰してあげるからねん」
「結構だ!」
顔を近づけてられ、とっさに手で押し戻す。そんなささいな抵抗を楽しむように猫又は爪で俺の服を引き裂いていく。無残に散っていく俺のユニ●ロT。
ビリッビリリッ
「うふ、段々見えてきたわね、あなたの体」
猫又は上機嫌になって服の切れ端を払いのける。上のシャツがほとんど破られた状態でふと、品定めするように左右から確認し始めた。時々、掌で撫でてくるのがまた不快で顔をしかめる。
「綺麗な体ね。細すぎずちょうどいい引き締まり具合。女の子にモテるでしょう」
「おかげ様で今モテてるよ畜生めっ」
「ふふ、女の子扱いしてくれるの?嬉しい」
全身を舐めるように観察され、羞恥心と抑えきれない怒りが溢れてくる。
(こいつ・・・っ俺を弄んで楽しんでやがる)
まるで獲物を苛めて遊ぶ猫のようだ。・・・いやそのまんまか。奴の玉を蹴ってやるとも思ったが、少し離れた場所で待機しているミカたちをみて諦めた。ここで一瞬猫又の動きをとめたところで、奴らに取り押さえられるのがオチだ。
(じゃあどうしたらいい)
このまま掘られるなんて願い下げだ。だが、ここを脱出する良い策が思いつかないのも事実だ。何よりきついのが、それほど考える時間がないということ。俺は必死に思考を巡らすが、それを掻き混ぜるように猫又の手が這いずってくる。
「なあに?考え事?余裕ねえ」
あたしを見ろと両手で顔を支えられる。奴の両目をまっすぐ睨みつけてやると楽しそうに笑った。
「その瞳、威勢がいいのは大好きよん」
「・・・」
俺は猫又の言葉を聞き、
(仕方ない)
諦めたように、抵抗する手を地面に下ろした。時間切れだ。
「あら」
俺の言動に驚いたのか猫又は動きを止める。
「どうしたの?もう抵抗しないの?」
「ああ、どうせ抵抗した所でお前が止めるつもりはないんだろ?」
「それはそうね。ここまで来て止めたくないし。でもなんだか抵抗されないのも寂しいわねん」
残念そうに口を尖らせていたが、邪魔されることがなくなり好都合だと考え直したのか、首筋から順番に舌を這わせていく。
「っく、・・・ん、」
ざらりとした舌の感覚に鳥肌をたたせながら、必死に声を抑える。
ゾクリ、ゾクッ
マッチョのおっさんに掘られそうになってるというのに、体がじわりと熱くなってきた事にショックを受けた。気持ち悪いし、嫌なのに何故だと混乱する。
「ふふふ」
舌で鎖骨あたりを舐めながら笑う猫又。
「この辺りはね、人間じゃ感知できない不思議な香りが漂っているの。効き目は弱いけれど、痛みを麻痺させて気持ちよくさせるものらしいわん」
「っ・・・そんなの、」
そんな話聞いたことがない。年々、多くの人間がここで花見やイベントをやってるというのにそんな事例一度さえ・・・。
「この香りは人間には分からないレベルなの。でも、人間達は皆この木の下に集まるでしょ?それは無意識にこの香りに誘われてきたからよ」
「・・・!!」
「みーんな、ここにいると幸せそうにしてるはずよ。それはそれは気持ち良さそーな顔で」
嘘だ。ありえない。そう思っていても、自分の体が現在進行形で気持ちよくなりかけてるのは紛れもない事実なわけで。言葉を失う俺に対し、猫又はにやりと笑って囁いた。
「だからあたしがどれだけ酷くしても、気持ちよくなれるから、安心してねん」
そういって、残忍な笑みを貼り付けたまま見下ろしてくる。ああ、こいつは化け物なんだと今更ながら思い知った。きっと奴が満足するまで遊ばれて、そして最後に殺されるんだろう。これだけ色んな情報を教えた俺を野放しにするわけがない。死が直前まで迫ってきたのを感じ、恐ろしさと諦めが体を蝕んでいく。色んなことがどうでもよくなり、脳内に浮かぶのは一つだけ。
(ああ、食いたい)
マヨネーズたっぷりのお好み焼きにシチュー、あとカルボナーラも食べたい。牛乳ばっかだってまたあいつに注意されそうだけど、それも悪くない。
(もう一度)
食いたい。そして、店長と・・。
「すう・・」
大きく、息を吸う。それからゆっくりと手を伸ばした。
「なあ、猫又」
「タマよ。なあに?」
「・・キス、しないか」
猫又の逞しい首に腕を巻きつけながら自分から誘う。猫又は一瞬驚いたあと、ぺろりと舌なめずりする。
「あら、急に積極的になってどうしたの?」
「いやか」
「ううん。大好きよ。いい子にしてくれるなら手荒くしないわ」
「んなのどうでもいい。早く来い」
顎をくすぐってやれば、猫又はくすりと笑って、鋭い牙の並ぶ口を近づけてきた。俺も薄く口の隙間を開けて、奴の体を引き寄せる。それから
ズゴンッ!!!
「っがあ?!」
猫又の額めがけて頭突きをくりだした。
「ぐうううっ」
俺の渾身の一撃に猫又は目を回して鼻血を溢れさせる。上に倒れこんできた巨体を横にどかせると視界の端にミカが駆け寄ってくるのが見えた。
「姐さんん!!!!!」
ミカの殺気だった顔を見て慌てて体を起こす。立ち上がった瞬間くらりと眩暈がしたが気にせず目的の方角へ走り出した。
「てめえええっ!!!!」
「よくも姐さんをおおおお!」
「殺せ殺せええ!!」
背後から猫又の手先が追いかけてくる。どんどん声が近づいてくるが、振り返らず前だけ見て走った。すると目の前に目的のものが見えてくる。
「やばいっ池だ!あいつ池に飛び込むつもりだぞ!」
「その前に捕まえろ!!いや殺せ!!」
焦る奴らの声をBGMに俺は足に力を込めた。猫は水が苦手だと相場が決まっている。
(池の中なら、撒けるはず!)
俺は迷う事無く池に飛び込んだ。
ドボオオオンッ
案外深さがあったようで、俺の体はどんどん沈んでいく。どちらが上かもわからないほどの暗さと深さだが、俺にとって好都合だ。仮に泳げる奴がいたとしても、すぐに捕まるリスクがなくなったんだ。あとは池の反対側まで移動して逃げるだけ。
(よし)
そこでいけると思って調子に乗ったのがいけなかった。足をばたつかせた瞬間、変な動かし方をしてしまったらしい。
ズキン
鋭い痛みに襲われた後、左足が動かなくなる。攣ったようだ。
(やばっ)
慌てたせいで口の中の空気も逃げていく。一気に苦しくなった状況に、俺はじたばたと暴れながら・・・けれど何もできず沈む事しかできなかった。
(くそっ・・しくじった)
上に上がった所で怒り狂った猫又たちが待ち受けている。逃げ場はない。そこまで察した瞬間、ごぼっと肺から最後の息が抜けて鼻と口から泥臭い水が入り込んできた。
(こんな暗い場所で死ぬのかよ)
水を飲み窒息しかけた俺は視界が黒く染まっていくのを他人事のように感じていた。寒くて、暗くて、臭い、こんな場所で死ぬなんて嫌だ。だけど、どうしようもない。
ごぼっ・・ゴボボッ・・
死を覚悟した俺は池の底から唯一見える光、満月へと手を伸ばした。白く・・・いや、銀色に輝く光がゆらゆらと漂いながら近づいてくる。
(ああ、きれいな、月だな)
それが俺の最後の言葉だった。
ザバアアアアンッ!!!
10m以上はある水柱をたたせながら、何かが池から飛び出してくる。池の周りで立ち往生していた猫又の手先たちはその水飛沫に悲鳴をあげて逃げていった。
たんっ
誰もいなくなった陸地に、銀色の獣が降り立つ。いや、獣じゃない。上半身は狼で下半身は人間の半獣だった。獣部分を覆う毛は月明かりに照らされ白銀に光っている。肩の毛皮が生えていない部分には三日月の刺青が浮き出ている。
すっ
半獣は四足から二足に立ち上がり、周囲を確認する。
「げほっごほっ!おえっ」
半獣の口にはとあるものが咥えられていた。水を吐き出しながら咽ている想真の体だ。半獣は周囲を確認しつつ想真の体を地面に放り投げた。
「ぐうっ」
「おい、お客さん、夜の池に突っ込むのはどうかと思うぞ」
「ごほっ、う、っせえ・・・」
それしかなかったんだ馬鹿と悪態をつく想真に安心したのか、半獣は想真から視線を外した。それから猫又と向き合う。猫又は猫の姿に戻っていた。
「よう、猫又。俺をお呼びだったみたいだが、何の用だ?」
「わかりきった事を聞くわねん。あなたの血がほしいのよ、狼男さん」
「言っとくが俺の血なんて何の役にも立たないぞ」
「役に立つかはあたしが決めるわ・・・あなたのその、不老不死さえ叶えてしまう血で・・・あたしは女になるの!!」
猫又が手先と共に狼男に襲いかかった。
「そりゃまた大層な願いだな」
狼男は助走もつけずに真上に飛びあがる。そのまま近くにあった桜の木に着地した。30mほどの高さの木の頂点で猫又たちを見下ろす。
「それで逃げたつもり?自分で逃げ道なくしてちゃ世話ないわ!!」
勝利を確信した猫又が登ってくる。だが狼男は猫又から視線を外し、月を見上げた。大きく息を吸いこんで口を開ける。
ウオオオオーーーンンンッ!!!!
もう一度遠吠えをする。かつて日本の獣の頂点に君臨していた狼。その血を感じ、猫又たちは震え上がった。
「うううっ・・・うるさいうるさいいい!あたしはっあたしはお前の血がいるのよおおおおお!」
「あ、姐さん・・っ」
正気を失った猫又が、狂ったように爪を振り回す。この場で唯一猫又だけは諦めていなかった。傍にいたミカが止めようとするが全く聞く耳を持とうとしない。
「そうか・・・なら、仕方ない」
狼男はふうと息を吐いてから、猫又の目の前に降り立った。何を勘違いしたのか猫又は目をギラギラと光らせて襲い掛かった。先ほどまでは無かった、狼男から溢れる殺気に気付いていない。
「死ねええええ!!!!!」
「だめです!姐さん!!」
狼男が猫又のノドを掻き切ろうと腕を振りかざした瞬間、庇うようにミカが飛び出してきた。
「・・・」
ミカが飛び出してくるのに気付いても尚、狼男はなんの躊躇も無く、そのまま腕を振り下ろした。
どんっ!!!
「ぐうっ」
狼男の体が横に吹き飛ぶ。
「え」
「なっ」
ミカも猫又もきょとんとした顔で狼男を見ていた。この場にいた者は誰も動いていない。
「っく、・・・お前っ!何しやがる!」
狼男が睨んだ先には、体当たりをした姿勢のまま荒い呼吸を繰り返す想真が立っていた。
「はあっ、はあっ・・・!」
眩暈と激しい頭痛に額を押さえつつ想真は叫んだ。
「このっ、ヤクザ店長!!んなあっさり殺そうとすんな!」
「何甘い事言ってるんだ。お前を殺そうとしていた奴だぞ?ここで殺さなきゃお前がまた襲われるんだ、わかってんのか!!」
意味がわからないと顔をしかめる狼男に対し、想真は拳を強く握り締めた。
「わかってるよ、そんな事!」
自分でも滅茶苦茶なことを言ってるのはわかった。これは人間の世界の話ではなく、化け物同士の話だ。殺すか殺されるかの世界。ここで始末をつけなければ、俺やそれ以外の人間にも被害が及ぶかもしれない。でも、でも。
「でもお前はコンビニの店長だろが!なら・・・殺しはだめだ!」
「な、何いってんだお前・・・」
「俺だって意味わかんねーけど、とりあえずだめだ!わかったか!ステイだ!ステイ!!」
「てめえ・・馬鹿にしてんだろ・・」
ぐるるっと鋭い犬歯を見せながら睨んでくる狼男としばし睨みあう。一歩も引く気はないらしく想真はどれだけ殺気のこもった視線で睨まれても目をそらさなかった。それから数秒後、狼男は大きくため息をついた。やってられないと頭を振る。
「・・・やめだ。しらけた」
殺気の消えた事を感じ取り、想真も猫又たちも座り込んで安堵した。狼男は猫又たちに向き直り宣言する。
「おい猫共」
「!」
「・・・コイツは俺の店の数少ない常連だ」
コイツと想真を指差しながら言う。
「二度と俺やコイツを襲わないと約束するなら、命まではとらん」
猫又は呆然としていたが、流石に懲りたのかこくんと静かに頷いた。ミカや他の手先たちも同じように頷く。
「ならいい。さっさと目の前から失せろ」
しっしっと手を払えばアリの子が散るように猫又たちは去っていった。
「・・・」
あとに取り残されたのは想真と狼男のみ。しばらく互いに黙っていたが、気の抜けた想真が床に座り込み静寂は破られた。
「おい」
「お、おわったのか・・・やっと、この」
悪夢が、と呟きながら想真は地面に倒れこんだ。「想真!」と呼ぶ声がしたが意識を失った想真の耳には届いてなかった。
朝になると、俺はいつも通り自分の部屋で寝ていた。時計を見れば月曜の朝、五時半とかいてある。
「・・・」
ぼーっとしていたが、少しずつ思い出してきた。
「なんかすげえ長い夢見てた気がする」
店長が狼男で、猫又っていうおねえマッチョに襲われて、池で溺れて死に掛けて。
「散々な夢だ・・」
頭を抱えつつ、起き上がる。どんだけすごい夢を見たとしても、今が月曜の朝だという現実に変わりはない。
「会社いくか」
やれやれと体を起こした。
ぴろりろりん♪
「いらっしゃいませ、ってお前か」
ヤクザ店長がいつものごとく煙草をふかせながらレジ後ろで雑誌を読んでいた。当たり前の事なのに、それがすごく安心した。
「にしても変な時間に来たな、会社はどうした」
店長の言うとおり今は朝の九時で、普通なら会社で働いている時間だ。俺はもごもごと小さな声で説明する。
「・・・今日、祝日だって忘れてた」
「ぶっ!だっせえ」
「うるせえな!」
拭き出して笑う店長の前を通り、お弁当コーナーに移動した。今日はもうここで食料を調達して家に帰ろう。
「いいじゃねえか、祝日。ハッピーホリデーって奴だ」
「ちっ馬鹿にしやがって」
「そんなに拗ねるなよ。ほら、ジャーキーやるから機嫌直せって」
「なにがジャーキーだ、狼男じゃあるまいし嬉しくもねえよ」
って、馬鹿。何言ってんだ俺は。
(狼男とか、夢のインパクトが強すぎて変な単語使っちまった)
俺がしまったなと顔をしかめていると、店長はにやりと笑ってジャーキーを齧った。
「確かに、人間様のお口には合わないかもなー」
そういってレジのほうに戻っていってしまう。一人残された俺は、まさかと冷や汗を浮かべて必死に記憶を遡っていった。え、待てよ。まさか・・・まさか。
「な、なあ、変な事聞くけどさ。店長って・・・」
その日から俺とコンビニ店長の波乱の日々が始まるのだった。
end
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