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2.癒しの園
「ッ、キャーッ!!」
間近で響いた悲鳴に晃心 は大変不本意ながら飛び上がった。
アイドル達を祭り上げる独自の風習のある学園で、黄色い声はある程度耐性はできたと自負していたのだが、どうやら甘かったらしい。
「……ど、うしたの?」
「た、隊長ッ! お顔が!」
耳を突き抜けた高音に早鐘を打つ胸を押さえながら、わなわなと自分を示す隊員の子に向きあえば顔面蒼白。
ソッチの方が大丈夫じゃなさそうなのは、気のせいではないだろう。
「あ、晃心目の下クマある」
なんだそんなことか。
パッチリとした零れそうなほど大きな目の副隊長にまじまじと顔を覗き込まれて、こちらも釣られて目を見開く。
一体どんな大事件が起きたのだと焦ったが杞憂だったらしい。男の顔にイチイチ騒ぐな――いや、顔の良さと権力と金が物を言うこの学園だからこそ、か。
学園内がゴタついてしばらくお休み状態だったが久しぶりに開催した生徒会副会長親衛隊のお茶会の最中、変に注目を浴びてしまい取りあえず晃心は周囲に微笑を振り撒いた。
「あー……大したことじゃないよ?」
季節はずれの転入生が発端となって引き起こされた学園傾国の危機。たかがひとりのために生徒会の機能がなくなったとなれば、個々の人物や能力・責任そして団結力の底が見える。しかしそれだけ彼らをひきつけた人物に魅力があったのだといわれればそれまでだ。
機能しなくなった生徒会を憂いて山の仕事に向かう副会長。しかし今まで有能な主要四人で回していた仕事をたった一人でこなせというのは土台無理な話。力不足ながらも晃心も手伝っている。成績優秀者の中から選ばれる生徒会役員には授業免除があるが、一般の生徒である自分にはない。出席日数を稼ぎながら、ある程度自分の成績もキープしなければならないので、結局手伝えるのは放課後とその後の限られた時間だけとなる。食事も寝る間も今は惜しい。しかし隊の子たちの顔を見るだけでも彼らの様子が解って何ともいえない安堵を覚える。要は時間が足りないだけ。
正直、学園や生徒会の機能だなんて晃心にはどうでもいいが、心掛かりは幼馴染の精神面。やわではないのは承知だ。ただ、あの男は基本的にクソ真面目で誰かがガス抜きをしてやらないと倒れる。近頃は委員会の合間を縫って大倉の手伝いをしている彼の恋人も、生徒会と対立する立場である風紀の副委員長という狭間で苦悩しているらしい。もう一層の事、二人で駆け落ちでもしたらどうだろう。
「遅かったからかな」
「副会長さまと? あんまり夜更かしして身体壊しちゃダメだよ。ほら、眼こすらない」
副隊長に手を取られて窘 められる。まるで母親のようだ。
キャーッ!
背後で再び上がる黄色い声と欠伸が重なる。ティーカップで隠したけど。
そうだよね、大倉さまは転入生とご一緒しているのを見ていないもの。
隊長一筋だもの。
寝不足になるまで求められるだなんて、キャーッ!
もしや、朝まで? ッキャーッ!!
「……いつも思うけど、ウチの隊の子たちは平和だね」
親衛隊の中には過激にアイドルを追うのもいるのに、基本的に見て声を上げて楽しむ子たちばかりだ。隊によっては――たとえば、会長とかの親衛隊は一部セフレの集団でもあるというウワサだ。興味ないけど。想いを遂げようとか野望はないのか、ソレでいいのか?
「トップがいいからじゃないの?」
背後で繰り広げられる妄想に呆れながら、この場で唯一自分と崇高対象の関係性を知っている副隊長にコッソリと耳打ちをすれば何を今さらと返ってくる。
申し訳ないほど、俺は隊では何もしておりません。時々お茶会の準備して開くだけ。
「もう一杯飲む?」
「ううん、いい。ありがとう。何か眠く……」
この後も生徒会室へ行って、アレとアレを片付けて……。
「疲れてるんだよ」
「でも、俺――」
「おやすみ晃心」
半ば遮られるようにして言葉を被せられて視界も遮られる。ついで引き摺られるようにして手放した思考力。
規則正しく寝息を立てはじめた晃心は知らない。
「かわいい顔して寝ちゃって」
「ズルイです、副隊長」
前髪を掻き上げた額にやさしい唇を落とす副隊長と、静かにブーイングを垂れる周囲の隊員たちを。
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