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6.コックの思惑
カリカリ。カタカタ。
「顧問に提出してくるから、二人は先に飯にしてて」
「あ、俺行く――」
「身体が鈍って仕方ない。少し歩いてくる」
幼馴染に制されて、晃心は上げかけた腰を戻した。
それもそうか。出席日数を確保しなければならない自分はともかく、免除が利く彼は朝から生徒会室で缶詰めの状態。
「そう。いってらっしゃい」
世間は週休二日だなんて言うがウソだ。私立だからか、我が学園には土曜にも半日授業がある。その後は、部活にしろ遊ぶにしろ、みんな思い思いに過ごす。残念ながら、自分たちには役員の仕事を処理する貴重な巻き返し時間に当てられるのだが。ここに来るまでの道のりで転入生とその取り巻き達を遠くから見かけたが、どうやら街に行くらしく人目を引く彼らは実に賑やかに消えていった。言ってやりたい文句はあるが、それ以前に寮含め学園内が静かでいい。面倒な制裁やら器物破損やら悲鳴やら雄叫びやらケンカやら無くて済む。
伸びをしながら一緒に書類を捌 いていた風紀副委員長を振り返れば、ぼんやりと幼馴染が消えた扉を眺めている。
多分無意識なのだろう。
普段から甘い雰囲気を漂わせている訳ではないが、ふとした拍子に見せる彼らの表情に互いを想い合っているのだと知らされる。学園内部がこんな状態でなければ、もっと恋人同士あれやこれや楽しめるだろうに。責任感の強さには本当に頭が下がる。
「あ、木谷 お茶くらいやるのに」
「大丈夫だよ、このくらい。――じゃあ次は榛葉 にお願いしようかな」
「うん」
コクリと頷かれる整った顔を見上げて、晃心は微笑んだ。
冷徹と怖れられていた天下の風紀副委員長様は思いのほか気さくで素直な人でした。しかもちょっと天然入り。これで合気道の達人で、ひとたび委員会や生徒会の仕事となると別人のように有能だなんて世の中どうなっているのだ。
はじめ相手はガチガチに警戒していたが同学年という事もあり、今はかなり砕けた口調になった。彼と幼馴染がどのようにくっ付いたのか詳細は聞いていないが、親衛隊隊長である晃心と恋人との根も葉もない噂もあるのだ。しかも元々親衛隊もある程度問題を起して風紀にお世話になることも少なからずあるので、副委員長としては自分に対していい印象はなく、むしろマイナスだっただろう。そんな中でも幼馴染を間にして、仕事を続けること一ヶ月近く。どうやら少しずつ心を開いてくれているらしい。
「……あ、そうだ」
「弁当?」
「みんなで一緒に食べよう」
書類とは別のバックに入れることを余儀なくされたほどの大きさ。まるで花見に持っていく重箱のようだ。
「珍し――」
普段の晃心の学園での食生活を知っている副委員長は手元を覗いて固まった。
「榛葉?」
目を見開いたまま微動だにしない相手を訝しがって、声を掛けたり手を振ってみるが反応ない。
一体どうしたというのだ。
ちなみにこの弁当は晃心が購入したものではない。断じて。
真夜中に自室に不法侵入した料理好きの珍客によって、持たされたものだ。遅い夕飯の後、文書処理に戻った晃心は例の如くいつの間にか机の上で沈没し、朝陽と鳥のさえずりに起された。背中から滑り落ちる布を感じながら、机で異質な存在感を遺憾なく発揮していた重箱には『完食しないと殺す』との脅しのメモが。美味いのは認めるが、この量を一人で食べるなど罰ゲーム以外のナニモノでもない。しかしあの美丈夫、一体どんな顔をして色とりどりの一口サイズの俵 おむすびや、タコさんウインナー、花に形を変えたニンジンなど作ったのだ。それとも既製品か、お抱えコックが片手間に作ったのか。まぁ、タダでもらった手前文句は言えないが、ドデカイ貸しを勝手に作らされてしまった感が拭えない。
副委員長と共に重箱を眺めながら晃心は半目になった。今後とんでもない無理難題を突きつけられたらどうしよう。
「……木谷。一応聞くけど、コレ拾ったとかじゃない、よね?」
「さすがに拾ったもの人にあげないし、まず拾わない」
明らかに他人の物であるのを持ってくるなど、窃盗であろう。
「……だよね。ウチの委員長が作って渡したんだよね」
正確には置いていった。脅迫状を残して。勝手に。
「何で解るの?」
「あの人、料理はプロ級だし。それにココ、刺してあるの見える?」
所々に啄ばみ易いようにツマヨウジのような物が刺してある。素人目に見てもとても手の込んでいる細工だ。
「コレあの人の手作り」
手先が器用で何よりだ。
「ただいま。お、美味そうなの持ってるな」
「食べる?」
「あ……」
問題の弁当を発見した幼馴染の指は、晃心と榛葉の頭を飛び越して握り飯を摘む。
「どう?」
「ん? 美味いよ」
「……それ、委員長が木谷に作った弁当」
一拍後、生徒会室に副会長の派手な咳き込みが響いた。
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