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7.荒んだ心と木漏れ日と

 にゃー。 「あー……、いいなぁ」  両手にいっぱいの書類を抱えて、晃心は渡り廊下からその光景にひとり呟いた。  日向ぼっこをしながら戯れるネコ共。  思い出されるは、屈んだ広い背。無表情ながらに動物に群がれる姿は端から見ても微笑みを誘った。  以前はコッソリと生徒会役員の書記が、迷い込んできた痩せっぽちでガリガリのネコだけにエサを与えていた。ある程度元気が出て体力が付いてきたら、徐々にそれを控えて自分でエサを捕るようにと仕向ける辺り、ただ甘やかすだけではないのは知っている。  今はその姿はない。  少し前に転入してきた生徒の見目麗しい取り巻きのひとつになり、毎日賑やかに騒ぐ。  彼は考えを変えたのだろうか。アメとムチとを上手に使い分け見守る強さを持つモノから、アメだけで()でる方向に。  あ、首輪してる。飼い猫も来てる。珍しい。  どうやら我が学園は憩いの場となっているらしい。動物の。  人間はギスギスしてるのにね。  来月の予定を繰り上げられて来週に迫る、正副親衛隊隊長会議の議題に頭を痛める。こんなに頻繁に開かれるだなんて前代未聞だ。まぁ、今まではある意味『ウチの子』自慢であったため月に一度あれば上等だったのだから。これでは、先日過激派に大々的にクギを刺した意味が無い。 「木谷くん」  こんな所で現実逃避しているヒマはないのに、ボヤッとしていれば声を掛けられる。 「鈴木さん」 「珍しい所で会うね」  抱えている書類の向こうに、目尻にシワを湛えた丸顔が見える。 「そうですね、用務員室以外ではあまり会いませんね」 「ここのところ来てもらえなくて残念だよ」 「すみません」  一変してしまった生活によって、削らざるを得なかった人との輪。  歳は祖父と孫ほど離れており、用務員と生徒という一見それほど係わり合いのなさそうな間柄であるが、彼は晃心の楽しい茶飲み友達だ。彼の妻も交えての会話はとても和やかな空間だ。  行きたいのは山々なのだが、如何せん時間が許さない。本当にどうにかならないだろうか、この仕事量。 「時間ができたらおいで。おいしい茶葉が手に入ったから」 「ありがとうございます」  そのやさしさに救われる。 「そういえば、この前言われた蜂の件だけど――」 「あ、面倒事をすみません」  投書されていたモノだ。 「それらしい所を見てみたけど、見当たらなくてね。もしも場所が解ったら教えてくれるかい?」 「え? あ、はい」  居ない? 生徒の間違いか?  いや、それにしても投書はひとつふたつではなかった。筆跡を思い返しても、それぞれ別であったし、イタズラにしては手が込んでいるし意味も解らない。  晃心の知識としては、ハチの巣分けはそれほど日数的にはかからないはず。それとも何件もあったというのか。もしくは他の種類のハチなのか。それならば、学園を知り尽くしている用務員の鈴木が気付かないはずがない。さらに思い起こせば、彼に駆除を依頼した後も投書は変わらず、むしろ少しずつでも増えている。期間が長すぎる。  薄気味悪い。  学園七不思議とでもいうのか、この時代。 「調べてみます」  胸の内に巣食った懸念を一蹴するかのように、完璧な笑顔を振り撒いて晃心は渡り廊下を後にした。

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