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8.虎穴に入らずんば
「……あ、雪崩 」
書類で足の踏み場もないとはこのことだろう。三人でせっせと片づけているはずなのに、乾燥わかめを戻すかの様に増殖の一途を辿るこの現状をどうしよう。食べれば減るか? いやいや、落ち着け自分。
生徒会室を見回して、晃心は人知れず溜め息をついた。
手に持っていた文書を各役員の机に振り分けつつ、引き摺ってきたパイプ椅子に腰掛ける。机には座り心地バツグンだろう椅子がセットになっているが、使うのは憚 れる。本来ならば役員でもなくココに居るハズもない自分が、相手の領域を侵しているようでいい気がしないという勝手な感傷なだけなのだが。
幼馴染は副会長として定例会に。同じく副委員長も出席しており、静まり返った室内にはお留守番をしている晃心が文書を処理する音だけが時折響く。
「……薄気味悪い。」
一心不乱に机の上の山を片づけて次の役職の山に移動しながら、所々に感じる違和感に眉を潜める。
ナニが、という訳ではない。
むしろ何もなくて、気色が悪い。
いくら四役の内の一人が残っていて、その補助的に晃心と榛葉が入っていようとも所詮は補助だ。本職や補佐に比べれば能率は格段に落ちる。それなのにギリギリで回している、持ちこたえてしまっている現状が。まるで謀 られているかのように、見えない何者かの手の内で転がされている。しかも、リコールを心配している幼馴染には大変申し訳ないが、どう考えても遅い。対立団体を擁立する動きも、風紀の動きも。それとも、それだけ現役員に対しての期待が高く、手を拱 いているとでも言うのか。まさかそんなに生ぬるくはあるまいと、導き出したひとつの答えに自分で首を振る。
「さすがだな」
静寂の中、響いた低い声に晃心は声も無く瞠目 した。
「何をそんなに驚く」
「……か、いちょ」
いつから。
カラカラになる喉と凍りつく背筋を自覚しながら振り返れば――やはり。
――ナゼ。
「俺がココに居るのは当然だろ」
間違ってはいない。本来ならば、長として彼が居るべき存在なのだから。
転入生は?
派手な外見と威厳を放ちながら、いつも取り巻きとして煌びやかに彩っているはずなのに。
この男がココに足を踏み入れるとは予測していなかった自分の甘さを呪いつつ、晃心は固まっていた。面倒だ。それこそ、風紀委員長以上に。そして一癖も二癖もあって、追随を許さないほど頭は切れるので、なお厄介。
「惜しいな」
「……」
どれを示しているのだ。主語を言え。
役員よりも遅い処理能力か、手際の悪さか、それともかなり今さらながらの見目か。だがコレばっかりはどうにもならない。
彼がいつ部屋に来たのかは不明であるが、言い逃れができるほど甘い相手でもなければ易しくもない。
「今からでも補佐になるか?」
冗談じゃない。
「俺は転入生の取り巻きの補佐をするほどヒマではありません。他を当たってください」
強張った顔を改めてにっこりと微笑んで嫌味で突き返してやるも、表情ひとつ変えない。
役員はランキングで。聞こえのいい言い換えをすれば他薦で決まるが、補佐だけは役員の指名制。何の間違いか、彼が会長に決定した時に挙げた名に晃心が入っていた。基本的に後輩指導のため下級生から選ぶはずであるが、無視しての行動に当の晃心のみならず周囲も異論を唱えた。異例の指名を蹴る目的と、幼馴染の空白となった親衛隊隊長の座を埋めるために、棚から転がってきたボタモチを受け止めたのだ。親衛隊と補佐の両立は禁止されている。そこはいくら会長だとはいえ、親衛隊も関わる不可侵領域には踏み込めない。だから逃げ込んで、隠れ蓑にした。
終わった話を今さらになって蒸し返すのか。
「――そうか。」
随分聞き分けがいい。良すぎる。
薄ら寒いものを肌で感じながら、顎を引く。
逃げたら負けだと――いや逃げる理由がないのだが。本来彼らが仕事を全うしてくれさえすれば、自分は居るハズはないのだから。
嫌味なほど長い足で悠々と室内を闊歩 し、辿り着いた一際大きく立派な机。晃心が無言で見守る中、彼はその節くれ立った手で引き出しを漁りはじめる。
忘れ物か。人騒がせな。
気の抜けた晃心は再び書類に戻った。
「おい」
「ッう、わッ?!」
美声に仕方なく顔を上げれば、同時に眼前に迫った物を慌てて手に納める。どうやら放り投げたらしい。
「GPS付きだが、失くすなよ」
「なに……?」
イヤな予感しかしない。
仕方なく手を開いて出てきたものに、今度こそ息を飲んだ。
――会長印。
理事長印に次ぐ、この学園での権力の象徴。
「要らないッ!!」
「馬鹿、やらねぇよ。てめぇに預ける」
力いっぱい拒否した晃心をさも不服そうに眺めた男は時計を仰ぐ。
それでも要らない物は要らない。
「俺は一般生徒!」
「まだ言うか。じゃあ大倉に渡せ」
「自分で渡してッ!!」
伝書鳩云々以前に、機密物をおいそれと任せないで欲しい。
半泣きになった晃心を珍獣でも見たかのように目を丸くした男は無情にも背を向けた。
「定例会終わるから、俺は消える」
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