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12.ワルダクミ

「……あ、おいしい。」 「そりゃ、よかった」  書類整理をひと段落させて伸びをした晃心に、幼馴染は新発売だったとペットボトルをひとつ投げて寄越した。  口の中に広がるアップル紅茶に若干のシトラス風味。この金持ちが集う学園のお茶会で出される高級感漂う本場も嫌いではないが、いわゆる庶民とされる舌を持つ自分は何でもござれだ。 「アレしか持ってないけど、飲む?」 「いらん。まだそんな生活しているのか?」  交換といってはナンだがバックの中のゼリー飲料を示せば、隠しもせず呆れた顔をされる。 「料理しないから」 「食堂があるだろ」 「人多いだろ」  だから基本は行かない。売店もしかり。晃心の主食であるゼリー飲料たちは月に一度、通販で大量買いをするので部屋まで持ってきてくれて便利だ。それも含めて、愛用している。  響く溜め息に気付かない振りをして、市販の紅茶を楽しむ。 「宝生(ほうしょう)とはよく会ってるのか?」  ゲホッ。  なぜ、急にあの男の話になる。  気管に誤嚥(ごえん)して咳き込んでいる晃心を半ば無視して、大倉(おおくら)は続ける。 「この前の弁当美味かったし、このままメシ作ってもらえば? あいつ自信家だけど意外といいヤツだし」  この幼馴染とあの風紀委員長サマは同じクラスだ。晃心は一般クラスで彼らは特進とかSクラスとか、そんな名前がついている。豪華な面々の中でナゼに自分に面識があるのかと首を傾げるが、総ては大倉に繋がるのだから馬鹿にできない。 「…………時々。」  週に二・三日という名の時々だと、晃心は信じていたい。たぶんクラスメイトを抜かしての大倉や榛葉、世良に続き顔を合わせるのは多い方の部類になるだろう。  どうやって潜り込むのかは(はなは)だ不明であるが、ヒョッコリと現れるあの美丈夫を部屋から追い出す気力も最早残っていない。しかし、たぶん、どう考えても彼のお陰で食生活が以前よりも改善され、体調がすこぶる良いのは気のせいではないハズだ。やはり材料費に手間賃くらいは払うべきだろうか。一度も受け取ろうとしないので、こちらも無理強いはできないし、詳しくは忘れたが彼の家は大層な資産家であったと記憶しているので金に困っていないだろうと容易に想像できる。そう考えると、やはり料理は趣味か。彼の手料理をのどから手が出るほど渇望(かつぼう)する(やから)も居るだろうに、何とも不可思議。 「通い妻か?」 「ただの気まぐれだろ」 「その気まぐれはどのくらいなんだ?」 「……半つ――一ヶ月、近く……」  ちいさくなっていく語尾に最早自信などありはしない。 「はぁぁあ? そんなに?」  上げられた幼馴染の声にソッポを向く。直前に見た彼はギョッと眼を剥き、悠々と組んでいた腕を解いた。 「気に入られてるな。一緒に住んじまえば?」 「冗談じゃない」  この学園の寮はひとつの部屋に二つのキーカード。基本は二人部屋だからだ。例外は、あと付けでカードキー一枚につき二つの部屋に出入りできるが、ソレは暗証番号を交換した者同士がはじめて行き来できるようになる。そのため、役職持ちたちの番号はこぞって欲しがられる。彼らは一人部屋が与えられているので、独り占めとなる。それこそ大枚はたいて手に入れようとする信者もいるくらいだ。別名、姫やら恋人やら何とかと囁かれているがどうでもいい。 「すでに交換してあったりしてな」  冗談交じりに放り投げられる言葉に半目になる。 「そんな訳ないだろ、俺はヤツに暗証番号は――」  取り出したカードを凝視して、続きを紡げなくなった。 「あったな。オメデトウ」  気のない拍手を受けながら、真っ白になって停止した晃心の頭は再びフル稼働しはじめる。  いつだ?  いつから、自分の部屋番号以外の番号が記載されていた?  普段ロクに見もしないでカードを通していたので、全く気付かなかった。  誰にも、それこそこの幼馴染にも暗証番号は伝えていないので、てっきり同室者があの男と交換していたのだと思い込んでいたのだが、まさかの自分と?  どこから情報が流れた。  それぞれの部屋には貴重品なども置くため、相当信頼している相手でないと交換しない方向となっている。学園生活で結局、誰とも番号を交わさない者もザラだ。晃心もそのつもりだった。  頭を抱えて突っ伏すれば、巻き添えを喰らった書類から悲鳴が上がる。 「……何で」 「ん?」  本当に何なんだ、あの男。 「――いや、この件はひとまずいい。問題はコレ」  頭一つ振って気を取り直した晃心は、大倉にバックの中から書名の束を取り出して差し出した。 「お前は、どうしたい?」 「――ああ」  迷いなく受け取った生徒会副会長から視線を逸らさず、晃心は彼の言葉を待って口角を上げた。

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