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13.休暇前から撃沈な宿題共

「……落ち着く。」  新茶を一口含んで、周りの隊員の面々を眺めて晃心は呟いた。色々と時間をやり繰りして、やっと捻出した隊員たちとのお茶会。数日間の不眠不休の疲れだなんて吹き飛んでしまう。日々の忙しさがウソのような心の安らぎ。帰ったら再び書類たちと向き合わなければならないが。 「隊長は夏休みどこか行かれるんですか?」 「夏かぁ。考えてなかったよ」  たぶん書類整理の巻き返しに当てられるだろう事は想像に(かた)くない。  横から掛けられた小動物な隊員の言葉としぐさに癒されながら、忘れようと頭から追い出していた迫り来る現実を思い出す。  長期休暇の前には何がある? ――終業式だ。  (かろ)うじて副会長の大倉が居るとはいえ、例年生徒会が進行しており会長からの挨拶もあれば、理事長の出席と挨拶もある。現在の状況を(かんが)みるに果たして乗り切れるのかという漠然(ばくぜん)とした不安というよりも、確実にボロが出るだろう恐怖。理事長がドコまで知っているのかはたまた何も知らないのかは置いておいて、一層の事ハリボテな外面(そとづら)は諦めて体制を立て直した方が手っ取り早いのではないかと考える。ここの所、大倉も榛葉も疲労の色が濃い。それもそうだろう、三人で走り出してもうすぐ二ヶ月になる。幼馴染に限ってはその半月前から一人で背負っているのだ。そろそろ本当にどうにもならない所まで来ていた。 「隊長は毎年、副会長様と避暑地で過ごされるんですよね」 「……う? あ、何で?」  確かに去年も大倉の元を訪れたが、ナゼ知っている。  キラキラとした眩しい視線の群れに、気圧されながら微かに顎を引く。 「キャー!」 「暑い夏に、白い浜辺、燃え上がる恋人同士!!」 「ッキャーッ!!」  あいつの恋人は榛葉だから。自分は幼馴染で友情以外は持ち合わせていない。  彼らは公表していないので大々的な否定もできず、晃心の心の突っ込みをよそに周囲の隊員は盛り上がっていく。  本当に平和な子たちだ。  半目になりそうな視線を深い緑色の水面を見つめる事で誤魔化(ごまか)しつつ、広げられる妄想を湯飲みに口付ける振りをして黙って受け入れる。 「でも納涼祭(のうりょうさい)、隊長も出席しますよね?」 「……そうだね。」  その開催というか、存続の危機だけどね。  長期休暇の十日目くらいに、毎年工夫を凝らした納涼祭は開催される。生徒会主催で。  どうしろというのだ。今までが崖っぷちから落ちそうでギリギリ保っていたと示すならば、確実に真っ逆さまドボンな状態。もしも、何かの間違いで必要になった時のために簡単なたたき台は作ってあるが、大倉にも榛葉にも見せていないほどの未熟なモノである。しかし、それ以上にどう考えても人員も費用も時間も頭も足りない。  溜め息を、新たに注いでくれた茶を冷ます吐息に混ぜて、二杯目の味を楽しむ。個人的には一杯目よりも二杯目のほうが渋みも出て好きだ。 「ッキャー!」  今日は悲鳴の多い日だ。  崩れ落ちる隊員の一人を認めると同時に、湯飲みを置くのもそこそこに晃心は駆け寄った。 「田所くん、田所(じん)くん、解る?」 「きゅ、救急車!?」 「校医!?」  騒ぐ周囲を半ば無視して、軽く肩を刺激し薄っすらと開く(まぶた)と唇に意識の有無を確認する。視線は合うし、眼振(がんしん)はない。 「……は、い。たぃ、ちょ……」 「無理に喋らなくていい。ごめんね、そこちょっと空けてもらえる?」 「っはいッ!」  顔色が悪い。  みんな同じものを食べたり飲んだりしていたので、変なものは混じっていないはずだ。アレルギーか? いや、事前に確認した所では彼にはなかった。持病があるのか?  緊急事態なので後で謝る事にして、彼を絨毯(じゅうたん)に寝かせながら晃心は頭を働かせる。 「世良(せら)、ブランケットを――」 「はい」  直後、欲した(たた)まれた物を渡される。さすが。 「吐きそう?」  ゆるく振られる首を視界の端に入れながらワイシャツのボタンとネクタイを緩めてやり、同時に呼吸状態と脈を()る。拍動に不整(ふせい)ないがやや速拍(そくはく)、手首で触知可能なので上は60はあり。ざっと見た所では胸部や腹部には貼り薬なし。足の下にブランケットを入れて高くする。 「ありがとう。田所くんと仲いい子居る?」 「は、はい!」 「何か病気あるか知ってる?」 「病気……? あ、貧血(ひんけつ)って!」  なるほど。指で下まぶたを下げて裏の血の通っている所を確認する、いわゆる『あかんべ』をさせれば通常に比べると遥かに白い。爪も血色を失っており冷たい。 「寝不足とか?」 「……はぃ」 「よっかったぁー!!」  気まずそうに小さくなる語尾に被せられる多数の歓声。 「変な病気じゃなくてー」  貧血も立派な病気の一部です。緊張から一転、笑顔になった隊員に水を差すのも(はばか)れて口を(つぐ)む。本人も大事にしたくなさそうだし。 「ありがとう、ございます……」 「調子戻ってきたみたいだけど、校医か主治医に診てもらおうね」  徐々に赤みが戻ってきた顔を覗き込みながら、冷やしたタオルを額に乗せてやる。 「テストが近いからって、頑張りすぎるのは良くないよ」  何か言いたそうな副隊長の視線が痛い、いたい、イタイ!  ビシバシと射殺されそうなソレに気付かない振りをしながら、晃心はさも他人事のように諭す。 「田所くん、そんなに成績悪い訳じゃないし」  むしろいいほうだ。 「さっきから思ってたんですが、隊長って田所くんの事よく知ってますね」 「え? みんなの名前と部活とか委員会とか、好きな飲み物と食べ物くらいしか知らないよ」  残念ながら。  キョトンと周囲を見渡せば、唖然(あぜん)とした面々が。 「……みんな? 何人居るのか、ご存知ですか?」 「うん。お茶会に出席してくれるのは大体六十人くらいで、後の三十人は会報を楽しみにしてくれてるよね。八十七人みんな、入隊届けはぼくに直接手渡しに来るじゃない。あ、先週ね、ウチのクラスメイトが新しく──」 「隊長!!」 「うん?」  何だ一体。  底知れない迫力に首を傾げる。 「ストップ!!」 「世良」 「副隊長」 「静かにしなさい。病人もいるのに」 「そうだね。でも、ぼくより副会長様の方がすごいよ。みんなの特技とか家のこととか、どんな授業選択してるかとかも覚えてるから」  とてもマネできる代物ではない。それで顔も良くて、運動もできて、人当たりもいいのだからとんでもない男だ。だから人気投票で選ばれるのだが。  自慢の幼馴染の顔を思い出し、目尻を下げた姿に目を奪われた数人が居たとは晃心は気付かない。 「ビックリさせちゃって、ごめんね。再開しようね」  パンパンと手を叩いて仕切りなおしを知らせる。 「晃心、あと十分くらいで来る」 「ありがとう。さすが世良」  やることが早い。いつの間にか校医に連絡を取ってくれた副隊長にお礼しながら思案する。いくら毛足の長い絨毯とはいえ、冷えるよな。 「気持ちわるい?」 「田所くん、こっち寝て?」 「でも……」 「大丈夫だよ、ボクたち暑いくらいだもん。手先すっごく冷たい氷みたいだよ」 「隊長や副隊長も心配してるんだよ?」  言いよどむ一人と数人の押し問答に口を挟まず見守っていれば、困ったような視線を田所から受ける。 「お言葉に甘えたら? もしかしたら、これからお互い様になることもあるかもしれないし」  やさしい人たちだ。座る寝る位置ひとつで互いを尊重し合える。 「あの、ありがとうございました」  微笑ましくソファへの移動を眺めていれば横から声を掛けられる。先ほどのお友達だ。 「こっちこそ、ありがとう。教えてくれたから、すぐに解ったよ」 「……あの、田所くん。勉強してたのは本当ですが、それだけじゃなくて、あんまり寝れてないんです。夜、ハチがうるさいって」 「蜂?」  どこかで……蜂?!  息を飲んだ晃心には気付かず、彼は視線を下げたまま続ける。 「深夜になると、たくさんの羽音がして悩まされてるって――」  たくさんの羽音ならば、一匹や二匹ではない。そして完全に巣わけの時期は外れている。さらに言うなれば、晃心の知識として彼らが夜行性だなんて聞いたことがない。 「その話、詳しく教えて! 用務員さんも困ってるから!」  ダシにしてごめん、鈴木さん。でもウソではない。 「ボクも詳しくは知らないですが」  勢い込んだ晃心に若干眼を丸くしながら教えてくれたのは、いつ頃からかは不明だがはじまった羽音は徐々に増えているという。時間は深夜一時から三時、遅ければ東の空が白む頃まで。それでは自分が知らないはず。校舎を出て寮に向かうのは日が変わる頃だし、被害にあっている彼の部屋と晃心の部屋は寮の中でも端と端で逆の方角に位置する。しかも何を思ってか、広々とした寮内は全室防音完備だ。本当に無駄。それなのに聞こえるとはどんな騒音か。 「ありがとう、鈴木さんに伝えておくね」 「ナニ企んでる」 「ナンノコト?」  手を振って友人くんを解放した晃心を、背後から潜められる声と手がすかさず捉える。 「ただ、ちょっと散歩がしたくなっただ――」 「却下!」  何か掴めるかもしれないのだ、行かない手はない。一人でも行く、いや元々一人で行く予定だ。もし万が一、蜂の大群だとしてもそうでなくても大切な友人を危ない目に遭わせるつもりはない。 「解ってるよ」  にっこり微笑んだ晃心を疑わしそうに()めつけながら、腕を組んだ彼は長い溜め息をついた。 「……屋上で夜風に当たるだけなら、付き合わないでもない」 「世良!」  思わず抱きつけば、周囲の隊員が何事かと目を見開く。 「フン。……でも、何で田所は倒れて、晃心は大丈夫なの?」  暗にお前の方がどう考えても不摂生(ふせっせい)なのにと告げられる。失礼な。 「成分摂ってるから」 「……成分って、覚えてろよ」  地を這うような声は晃心には聞こえなかった。

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