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16.思わぬ落とし穴

 ……しまった。  貼り出されたテスト結果に晃心は内心、滝のような冷や汗を流していた。  ここのところ生徒会の仕事に主軸を置く生活をしていたので、実はテスト勉強を行っておらず、右から左へ聞き流していた授業しか受けていなかった。今までは一応テスト範囲は総てに目を通すようにしていたが、今回は本当に必要な所しか押さえていなかったため、あえてケアレスミスはしなかった。  その結果がコレだ。 「すっごいね、木谷くん。生徒会役員さまたちと同じくらいの点数だなんて」 「普通クラスではじめてじゃない?」 「ぐ、偶然だよぉ」  トンだ大ミスだ。  上位者のみ貼り出される、この学園のシステムを呪いたくなる。  自分の迂闊(うかつ)さにその場で頭を抱えて座り込みたくなるのを耐えて、引き()る顔で何とか返事をする。  当たらず触らず、平穏無事なる学園生活を送るための布石(ふせき)を自らブチ壊してしまった。タダでさえ、目立つと面倒なことが増えるのに。中等部で一度やらかしてから、極力避けていた事柄を今頃になって再びやらかすとは、別の意味で学習能力が足りなさすぎる。以前そのお陰で生徒会から補佐のオファーが来てしまったという、大変迷惑な芋ヅル式な経緯があった。  過ぎてしまったモノは仕方ない。コレはトンズラするに限る。 「カンニングしたんじゃないの? 凡人風情が」 「ねー」  人知れず(きびす)を返せば、聞こえるほどの音量の自称内緒話に目を眇める。  ――来た。 「ちょっと、自分の名前がないからって(ひが)まないでよ見苦しい」 「ッな!?」  はじまった。  特進クラスと普通クラスのイザコザ。ただでさえ晃心は普通クラスの身でありながら親衛隊長を任されているので、おもしろくない輩が居るのは事実だ。そのため、できるだけ衝突を避けるためヒッソリと生活を送っているのだが、本当にマズった。  それでなくとも転入生の出現によって祭り上げていたアイドル達の気を引けず殺気立っている周囲に、要らぬ波紋を広げた。  舌打ちをしたいのを(こら)えつつ、どうして収集つけたものか思案する。横ではたぶん同じような考えだろう世良が、とても何か言いたげな表情で無言を貫き通している。 「何の騒ぎだ」 「宝生(ほうしょう)さま」 「委員長さま」  口々に騒がれ、あげられる黄色い声。人の波が彼を誘うように分けられ、進み出てくる姿に脱出したくなる。 「テスト中に監視が厳しいのは承知のはずだろう。(ねた)むヒマがあるなら勉強したらどうだ」  周囲から事情を聞いた風紀委員長サマはさも当然とばかりに吐き捨てた。  正論ではあるが、火に油だ。どう考えても頂けない。  特進クラスの彼らとしては一介の凡庸(ぼんよう)風情が何かの間違いでテストの点数が良く、ソレだけでも気に喰わないのに雲の上の天下の風紀委員長サマが口添(くちぞ)えをした、言い換えれば味方をした。大変な事態だろう。出る(くい)は打たれる。これでは下手すれば制裁がはじまるだろう。たとえ晃心が親衛隊隊長であろうとも、駆け出したら彼らは止まらない。自分ひとりに焦点を絞ってもらえるならばまだしも、それだけとは限らない。周りに危害を加えられるならば自分も黙ってはいられない。  本当に面倒なことしか起きない。  頭痛がするのは寝不足なだけではないハズだ。  変な注目を浴びながら、思考は今日片づけなければならない書類を羅列させていく。今後、もしも監視や待ち伏せされて生徒会室に出入りできなくなると進行に支障が来たすし、いたずらによって隠し持っている文書が使い物にならなくなったら泣く。ジュラルミンケースででも持ち運びすればいいだろうか。通販したとしても、どのくらいで届くだろう? 「いっぱい居るな! あ、お前らの名前ある!」 「煌仁(きらと)の名前は無いな」 「っえ、えへッ? ちょっと緊張したんだよっ!」  歴代の外部生でも五指に入るほどの成績で編入試験をパスしたと聞いたが。  賑やかに辺りを巻き込んでいくキラキラ一団に、思わぬ助けを受けて晃心はヒッソリとフェードアウトした。

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