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17.子犬の遠吠え再び

 学期末のテストを終えて長期休暇を目前として浮き足立っている一部とは対照的に、お茶会そっちのけで殺気立っている親衛隊隊長・副隊長の面々に晃心は内心溜め息をついた。 「……平穏が欲しい。」  心の底から望む。  黒い水面を眺めながら呟いても誰も聞きはしない。まぁまず(さと)られるような音量ではないので、それ以前の問題ではあるが。横に座っている耳聡い世良の顔が「ホラ見た事か」とシロンと気の無い目配せを寄越してくるのは除外して。  白熱していく周囲と相反して、暗く重くなっていく頭を抱えたくなりながらカップ越しに気配を窺う。  一時は晃心の魔法の言葉で落ち着きを取り戻したかのように見えた親衛隊たちだが、やはり人間。揺らぐものがあるだろう。ただでさえ、食堂やらなにやらで好き勝手にやっている己らのアイドルたちの目に余る行為を直視していれば無理もない。晃心自身も先日の会議で発したクギの効力はそれほど期待してはいなかった。ただ熱して周りが見えにくくなっている正副隊長たちに、少しでも自分の犯そうと考えた行動を今一度振り返ってもらうために時間が欲しかった。  時期外れの転入生によってもたらされた、良くも悪くもある改革。  瓶底の眼鏡に鳥の巣の様な髪の毛の出で立ちで、副会長を除いた役員や親衛隊持ちとされる、金も権力も成績も見た目も良いとされる三角形の天辺に位置する彼らを(とりこ)にして。閉鎖的な陸の孤島の学園では、転入生・小森(こもり)の運んできた新たな風は新鮮に感じただろうことは否定できない。それだけ魅力的なのだろう。役員や人気者たちが己らの仕事を放棄(ほうき)して追い、互いにけん制するほどに。余談であるが「友達百人計画」キャンペーン実施中であるらしい小森の思惑は、人気者たちに阻まれて難航しているらしい。  そして今までの繋がりを断ち切らんばかりの振る舞いのに怒ったのは、彼らのためと健気に心身を磨いていた親衛隊たち。不可侵条約によって崇高対象を遠巻きに眺めて楽しんでいたが、裏を返せばそれによって貞操や行動が守られていた。アイドルたちにしてみたら(まつ)り上げられて、こうあるべきとの役柄を押し付けられて、境界線を他人に引かれ、孤独や怒りを感じたのも事実であろう。それは隊長として任された晃心にも通じる所はあるが、果たして彼らはソレを縮める努力をしたのかという疑問にも繋がる。また、隊に至っては『みんな仲良く』で事が上手く進めば一番であるが、そうばかりではない。それぞれが主張するばかりでは、まとまるモノも(まと)まらない。誰かが指揮をとって統制を掛けていかなければ進まない。一部では実在するので否定はできないが、セフレを兼任する所もあるので、健全な学生生活を送るにあたって親衛隊解散を唱える小森の言い分も解らないでもない。しかし、今まで散々世話になっていたモノを、掌を返すようにしてないがしろにする人気者たちの考えも如何(いかが)なものか。  逆に親衛隊の立ち位置として、晃心にはイマイチ理解できないが崇高対象を取られたと「打倒転入生!」を唱える親衛隊があまりにも多すぎる。どうやら、アイドルを自分のモノとしての考えが往々にあるようで、虜にした小森が悪いとなるらしい。恋人を取られた女と同じ心境だそうだが、人間の心理とは何とも不可思議だ。  晃心としては崇高して親衛隊に入った訳でもなければ、転入生の魅力にも興味が無いので、結局自分としてはどっちつかずの宙ぶらりんの異端児(いたんじ)である。同時に執着が無いとのイコールなのかもしれない。  視線を感じて顔を上げる。その先には渋面の松本が。  いい加減にこの会長親衛隊隊長殿を、この件から解放しなければ。それでなくとも受験生なのに。  アイドルと転入生は好き勝手。大倉も榛葉も限界。各々親衛隊も限界。どこも余裕などありはしない。 『俺には、あいつが解らない。あんなに学園と生徒の事を考えていたヤツなのに……』  集会の前に晃心の元を訪れた松本は、以前に比べて更にやつれたように見えた。  (こぼ)した呟きは諦めと失望と、そして己が相手を説得できなかった不甲斐(ふがい)なさからだろうか。松本も限界。  ……どこも?  晃心は開きかけた口を(つぐ)んで瞠目(どうもく)した。  不気味なほど、静かな風紀。  ――何を、考えている?  思い浮かべる、文武両道の小憎たらしい背の高い美丈夫。  一連の切っ掛けとなる転入生は風紀の差し金か? いや、そんな事をしても何も得にはならない。役員や人気者ホイホイの小森は問題ばかり起こすし、生徒会の仕事が滞れば自分たちにも被害の巻き添えを食らう。現在進行形で。  すぐに打ち消した晃心は目を眇める。  第一、リコールの署名を止めていたのは風紀の長だ。晃心に押し付けたのも彼。  勢力図を変えようと企んでのことか。どう考えても利点よりも欠点の方が多大で被害は甚大だ。  どれも憶測の域から出ない。  気付けばカップの中は空になっていた。  しかし取れない眠気。この慢性的(まんせいてき)な睡眠不足と疲れをドコで解消すればいいのだろうか。 「――にくん。木谷くん、副会長親衛隊長ッ!」 「……ハイ?」  顔を上げれば、いつの間にか全員の注目を浴びていて首を傾げる。 「話聞いてたの?」  いえ。全然、マッタク。  周囲が熱を上げて討論という名の文句を言っていたのは、何となく聞いていた。 「コレだから、おっとり親衛隊長サマは――」 「――ッちょ!」  ウッカリと物思いに(ふけ)っていた晃心が悪かったのだが、いつぞやのように腰を上げかけた世良を目配せだけで黙らせる。ヒシヒシ射殺されそうな無言の訴えを横から受け、あとでたっぷりとお説教コースにされそうな予感をソコハカとなく感じる。  異様な雰囲気を破ったのは、低い松本の声だった。 「親衛隊持ちと転入生のやり取りは木谷も知っているだろう? 要約すると、親衛隊の中でも現状維持で支えていく所、手を引く所、元に戻ってもらうよう説得する所、それぞれ意見がある。全部の隊が足並み揃えなければならない訳でないが、副会長親衛隊はどう考えているかってところだ」  なるほど。  「その場合ならば、現状維持でしょう」  先日のお茶会でも大きな不満は聞かれなかった。もともと隊長である晃心への直通アドレスを隊員たちは知っており、ちいさな事でも連絡していいことは伝えてある。集会などで言いにくい個人的な事もソコで情報交換ができる。信頼されているかどうかは置いておいて、話を聞く態勢であることは示している。しかし、ソレにも隊の運営についての意見はなかった。  だが。 「――でも、この学園の状態が続くならば考える余地はあります。ウチはこのままだとしても、周りの隊の行動によっても環境が変わってきますし、周囲からの目も変化するでしょう。ボクは親衛隊長ですから、その位置を任されている限り隊員を束ねるだけでなく守らなければいけませんから」  転入生によって気付かされた。ある意味伝統として受け継がれてきている、親衛隊のあり方を考える時期なのだろう。現に他の隊であるが脱退している者もチラホラ居る。  カツン。  置いたカップが思いの外、大きな音を立てて響く。 「逆に質問です。皆さんは、『ナゼ』親衛隊に入ろうとしたのですか?」

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