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番外 前夜祭

「基本的に自分からは言わないな。聞けば答えるけど」 「意外と庶民的な物が好きだよね」  二百円しないペットボトルジュースとか、あとはゼリーとか、と指折り連ねる榛葉(しんば)。それはただ単に水分補給とエネルギーになるからだ。  翌日に迫った生徒会主催の夏祭りの最終打ち合わせのために、風紀室を訪れた副会長の大倉(おおくら)は意味深に片眉を上げた。そしてそれに便乗する、ウチの副委員長。 「……お前ら、一体何だ」  書類を(さば)きながら宝生里央(ほうしょうりお)は仕方なく、一対の恋人達に視線を向けた。 「明日は誕生日だ!」 「木谷の!!」 「そうか」  それは知らなかった。  夏生まれか。いや、どこぞの冊子で見た記憶もあったか。 「反応薄いよ、宝生!」 「誰にも年に一度はあるだろ、誕生日なら」 「恋人だろ!」  うるせえ。  さすがに向こうが恋人と思っているかどうか怪しいとは反論できない。  矢継ぎ早に両側から怒鳴られ、ついでに机を叩かれた拍子に書類が宙を舞う。 「……おい」  拾えと暗に示せば、どこからともなくナンバースリーが仕方なしを装って口を挟む。 「委員長、副会長親衛隊隊長といえば引く手数多(あまた)ですよ」 「ああ」  それは知っている。  本人の自覚があるかどうかは置いておいて。今まで無傷だったのが奇跡なほどに。 「明日は親衛隊と親衛隊持ちは浴衣も着ますし、後夜祭とかで(たが)が外れた生徒に手を出される可能性も……」 「ああ」  ここ数日で驚くほど(あで)やかになった。贔屓(ひいき)目に見ているが。  それこそ、すれ違った男が二度見して顔を赤らめ様々な反応をして、果ては夏季休暇中であるというのに人気が数倍跳ね上がるほどに。  委員が飲み込んだ言葉を宝生は正しく汲み取る。 「『夕涼み祭』は基本的に大倉と行動は一緒で護衛は榛葉だ。後夜祭は出席させない」 「え、木谷出ないの? 皆との交流を楽しみにしてるけど」  小首を傾げる副に当日の詳細プログラムと警備の書類を放り投げる。 「お前ら言っていることが滅茶苦茶だ。あいつが素直に人の忠告を聞くと思っているのか?」  出席すると危険だと言ったり、かと思えば本人は心待ちにしていると言ったり。どうしたいのだ。 「晃心の性格なら聞かないだろうな。誰かのためならともかく、自分だけが理由なら。見た目はともかく、気性だけなら俺よりも男らしいところがあるしな」  幼い頃から渦中(かちゅう)の人物をよく知り、大きく頷く大倉に溜め息をつく。  それはそれで腹が立つ。 「だから今、数日分の書類を前倒しして処理しているだろうが。気付け馬鹿共」 「まさか実力行使!?」  目を()く周囲に淡々と答える。 「理詰(りづ)めが無理なのは承知している。それしかあるまい」 「木谷、絶対怒るよ?」 「知ってる」  今からでも目に浮かぶ。  子どものような無視はないだろうが、チクチクと痛い視線は寄越されそうだ。毒舌と共に。気が滅入るが仕方ない。他の男の手に落ちるだなんて考えたくもない。 「……あんまり聞きたくないが、晃心をどうするつもりだ?」  半目になって腕を組んだ大倉は唸る。 「ぁあ? 縛って猿轡(さるぐつわ)噛ませて寮にでも転がしとく。ウロチョロしていたら目障りだ」  だから前倒しに仕事して、機嫌取りに数日猶予を作っているだろうが。 「馬鹿宝生!! 誕生日にそれってひどくない? 木谷の楽しみは!? 人権は!?」 「不特定多数にヤられるのとどっちが人権尊重してると思っている、考えろ榛葉」  声を上げて再び机を叩く副委員長に溜め息をつく。 「ウチはあいつだけのために、そこまで人員を割くほど余裕はない。それに親衛隊持ちや親衛隊のトップに当日張り付いていて遜色(そんしょく)ないほど、見目のいいやつだなんて限りがある」  絵面(えづら)的に。本当に面倒な学校だ。  外面ばかりが気になるから、大須賀(おおすか)危惧(きぐ)したのだろ。 「俺と榛葉どっちか片方でも、ずっと居るのは無理か……?」 「副会長の仕事あるしね」 「大倉貴様も警備対象だという自覚はあるのか?」 「解った! 解りました!!」  突然声を上げたナンバースリーに目をやる。 「委員長は副会長の親衛隊隊長と、副委員長は副会長と後夜祭に出席してください! 護衛や警備は俺らで何とかしますから!!」 「気持ちだけ貰っておく。榛葉はともかく、俺まで抜けたら――」 「え、俺も風紀の仕事で出るつもりだけど?」 「話がややこしくなるから、榛葉お前は黙っとけ」  隣で大倉が肩を落としているのに気付いていないのか?  大概(あわ)れだぞ。  それでなくともこの恋人たちは一連の件で多大な労力を背負わせた。少しでも楽をさせてやろうという思いは……通じていないだろうな。 「少しは部下を信用してください!!」  大荒れの風紀室で、はてどうしたものかと宝生は腕を組む。 「……すンません。混ぜっ返すようで悪いんスけど」  言い置いて片手を上げた後輩を見やる。 「センパイが言ったように、いーんちょーはその木谷センパイって人と後夜祭一緒に居ちゃいけないんスか? そうすれば混乱も少ないんじゃないんスか」  コイツの言うセンパイとはナンバースリーを指す。  それができれば、警備も後夜祭の出席も問題ない。 「あー……そっか、お前外部生だったか。ここの親衛隊制度って知ってるだろ。で、親衛隊の規約の中に親衛隊持ちとの恋愛はご法度っていうのがあってだな――」  ちなみに風紀に親衛隊はない。生徒会か風紀か親衛隊が大多数の生徒の選択となる。無所属というのも選択肢としてあるが、学園内の混乱が収束した現在それはほんの一握りしかない。結局はどこかに所属していないと単体では不安なのだろう。  先輩の説明に首を傾げる後輩。 「うーん、オレ頭良くないんで解んないッスけど。いーんちょーって親衛隊ないし、木谷センパイもいーんちょーの親衛隊じゃないでしょ? 何で一緒じゃダメなんスか?」 「それ以前に真実はどうあれ、あいつは副会長親衛隊長であり姫とかセフレとか言われてる身だからな」 「ただの幼馴染以外なんにもないけどな」 「心変わりも禁止なんだよ。一応脱退はできることになってるけど、その後は親衛隊の移動というか乗り換えは禁止されているしね」 「うへぇぇ、親衛隊持ちが卒業するまで?」  苦笑しながら基本的にはと頷いた榛葉に、後輩は舌を出す。  まあ、正しい感覚だろう。  人の心だ、そこまで盲目的(もうもくてき)に執着できればある意味おめでたい。 「でも副会長の恋人って副いーんちょッスよね? おかしくないですか?」  公にはしていないが。知っているのは互いの組織内の少数だけだろう。 「だから余計にややこしいだろうが」  木谷晃心の肩書きは副会長親衛隊隊長。親衛隊持ちを支える組織。抜け駆けは禁止とされ、不可侵条約を結んでいる。何代も前から受け継がれているそれは、生徒会や風紀も手を出せない領域。  ソコに当代の会長はメスを入れようとしたのだから、相当な入れ込み様と準備を練ったに違いない。当の本人に阻止されたが。宝生が大須賀の思惑を蹴ったのは、役員となったら今以上に身動きできない危惧からひとえに晃心の自由の融通(ゆうずう)()かせるためと、あとは個人的な嫉妬心(しっとしん)からくるものだった。 「お前ら、いっそのこと公表するか?」  投げやり気味に宝生は二人の副を見上げた。 「うーん。こっちは強奪(ごうだつ)する側になるからいいけど……木谷は大倉を寝取られて、しかもすぐまた宝生とくっ付くことになれば、要は乗り換えってことでしょ? 尻軽って認識になるよね。もし宝生を出さなかったとしても、今度は今以上に狙われるよ」  ギョッとする大倉とは対照的に榛葉は思案顔だ。 「それを知っているから、あいつも何も言わないで最小限の被害で抑えるために好きに噂させているのだろう。――まあ、俺の気分は最悪だがな」  もしくは大倉は浮気性というデマを警戒してか。しかし往々にして、不名誉な噂が流れるのは力が弱い者と相場(そうば)が決まっている。仮に公の場で木谷が拒絶を見せる中で宝生が強引に唇を奪ったとしても、それは(たぶら)かした木谷が悪いとなる。ひとの噂とは本当に当てにならない。  どちらにしても木谷晃心の立ち位置は、今以上に悪くなる。 「はえぇ、ビックカップルって面倒ッスね」 「そうだな、お前も気をつけろよ」 「大丈夫ッス、オレはセンパイ一筋なんで」 「あー、ハイハイ」  適当に切り上げる先輩後輩を眺めながら、そういえばと思いつく。 「去年はどうしていた?」 「世良が張り付いていた」  あのまるで(しゅうとめ)のような副隊長か。  どうしてこう、あいつの周りには厄介(やっかい)なヤツしか居ないのだろう。  頭を抱えた宝生に気付かないのか、大倉は続ける。 「去年はここまで晃心の人気は凄くなかったから、世良だけでもどうにかなったんだよ。今年はアレがあったから」  言わずもがな、例の一件だ。しかも数日前のことなのでまだ余韻を引き摺っているところもある。数ヶ月間があればまた違った結果だっただろう。  引っ掻き回すだけ引っ掻き回しやがって。  実はまだ細々(こまごま)とした処理がいくつか残っている。お陰でネコのようにすり抜ける木谷を、捕まえ損ねているのが事実。 「……どいつも、こいつも!」  地を這うような宝生の声音に、気のない榛葉の(なぐさ)めが降った。 「スマキにするか、輪姦(まわ)される可能性か、他の方法があるか、ひとまず今晩木谷と相談してみたら? ここで(くすぶ)ってても解決されないし。俺たちはソレに従うからさ」

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