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番外 舞い降りた天女 ※性描写あり

 蓋を開けてみれば結果は木谷晃心(きたにこうしん)の一人勝ち。 『それを治めるのが風紀の仕事でしょう?』  言い放って、有無を言わせない挑発的な視線に溜め息を禁じえなかった。  透き通るような白い肌に似合う(いき)な浴衣。  伸びる手首と首筋は折れてしまいそうなほどの(はかな)さを。  手にした団扇(うちわ)が重そうと心配になるほどに。  男にしては長めな髪を結い上げ、はらりと落ちた一房が(なまめ)かしくうなじを彩る。  一見まるで人形か何かのように、しかし細める目元を(ほの)かに染める自然な朱。  静かに魅惑的(みわくてき)に微笑めば、周囲が波のようにざわめく。  誰も……いや、大倉(おおくら)榛葉(しんば)世良(せら)以外は木谷に近づくことさえもできなかった。  あまりにも他の追随(ついずい)を許さない、高嶺(たかね)の花に。  元来(しつ)は悪くないが、よく化けたものだと宝生里央(ほうしょうりお)は遠目から感心した。なぜ女物ではないのだと潜められる声が端々から聞こえる。男なのに何故女物なのだと逆に倒錯(とうさく)を覚えるのは間違いか。  周囲を近づけない圧倒的な存在感でスマキになることも、強姦(まわ)される心配もなかった。ただ、その魅力を()き散らし、今後の学園生活にまで支障をきたす可能性があることに本人が気付いているかどうかは、(はなは)だナゾだ。 「……あ、」  委員に指示を出す傍ら何とはなしに向けた視線の先、木谷が姿勢を崩すのを捉える。  ザワッ。  スローモーションのように映る動きに舌打ちも忘れる。この位置からさすがに間に合わないとは理解しているが。  手を取り、あの細腰を――。 「やっだぁー、ちょっとぉー、視線で人殺しそーなひとが居るワ!」 「ヒトゴロシの下で働きたくないッスー! きゃーあー!」  明らかに作ったオネエ声で更に棒読みの台詞に毒気を抜かれて、そのまま脱力する。 「……お前ら。」 「男の嫉妬(しっと)(みにく)いワヨ」 「うるせえ」  どこかでも言われた。 「ホント、人気者の恋人持つと苦労するッスね、いーんちょー。おお!」  歓声とも悲鳴ともつかない声に顔を上げれば、遠目からでもハッキリ解るほどに初々しく真っ赤になった親衛隊長と気遣う副会長。  いつまでやってるつもりだ。 「アレじゃあ付き合ってる噂流れるのも、無理ないんじゃ――」 「()きつけているのか、止めているのか、どっちだ貴様ら」  見上げた先の先輩後輩の同じような企み顔に、更に気分を沈める。 「そりゃ、からかってるに決まってますよ。こんな委員長はお目にかかれませんから!」 「……おい」 「いい傾向じゃん? いつもすかしてたヤツがさ。……でも本当にいいのか、あれ?」  部下から友人の顔に一瞬戻った男の示す指の先では、まだ火照(ほて)った顔を持て余しているらしい。 「大倉に見とれてるんじゃなくて、ただ単に自分がこけて大衆に見られた羞恥(しゅうち)だろ」  あいつら本当にただの幼馴染だけらしい。いちいち妬いていたらやっていけない。 「そこまで解ってるって以心伝心ッスねー」  感心したように口笛を吹く後輩に、悪友は何とも言えぬ顔のまま。 「いや、そのかわいい顔を大衆(たいしゅう)(さら)していいのか?」  手にしていた書類が悲鳴を上げた。  表向き転入生に(かま)けていた役員は、実は本来の代えの利かない最低限の仕事以外に裏づけなどにも奔走(ほんそう)していた。大須賀(おおすか)が手勢として動かせる人数は限られていたから、それも致し方なかっただろう。そのためいつも以上に仕事は(はかど)っていなかったのは当然。たとえ大倉や木谷、榛葉が通常業務をまわしていたとしても。  金持ちの学校だけあって、いくつも盛大に打ち上げられる花火。予定よりもかなり多いのは、生徒会のやつらのポケットマネーか何かだろう。  その光に照らされる『夕涼み祭』の看板の文字。  今日この日を迎えられたのは、木谷の力だと言っても過言ではない。  それぞれ族の乱入後の片付けに追われながら、開催は絶望的だった今年の納涼祭の企画案を「たたき台だが」と差し出されたときには、さすがに一同(いちどう)目を()いた。しかも、最短時間で最小人数で最低経費でと考案されたはずの今回、何も知らない一般生徒たちから通年と変わらない評価を受けた。  一体あの身体に何を秘めているのか。 「どうしたの?」  腹に響く音の間に声を掛けられるとは思わず、次いで照らし出された浴衣姿に瞠目(どうもく)する。 「こちらの台詞だ。大倉と榛葉はどうした」 「言ってから来たよ。さすがにお邪魔虫は退散しないとね。……近くの打ち上げって、ずっと見上げ続けるのも首疲れるの。だから今度は下向こうと思って、くすねてきた」  笑った気配と共に、手にしている袋を揺らす姿。 「付き合ってよ、ワーカホリックさん?」 「――ああ」  本当に、たまらない。  パチパチ。 「そこで普通にライター出てきちゃうけどどうなの?」 「もう止めたぞ」 「知ってる。そうじゃなくて、委員長として」  プライベートまで肩肘張らなければならない(いわ)れはない。  腹に響くほどの音も、一瞬空を染める明るさからも背を向けて。  二人だけで。  手の内のちいさな火種が暴れる。 「仕事多い?」 「今日は仕舞いだ」  先ほど抜けるときに目が合ったナンバースリーには苦笑ながら手を振られた。優秀な部下で困る。 「……そう」  伏せられる長い睫毛(まつげ)。  襟刳(えりぐ)りから覗く、白いうなじ。  小振りの頭に左巻きのつむじ。  普段は凛と背筋を伸ばしているためそれほど感じさせないが、隣にしゃがむとちいさな身体が更に顕著(けんちょ)になる。本人はいたく気にしているようであるが。 「『夕涼み祭』大盛況だったな。よくやった」  企画も、人のあしらいも、親衛隊長としても。 「……ずるい。」  呟きを拾う。 「せっかく、謝ろうとしてたのに」 「……また何か仕出(しで)かしたのか」  いったい何をした。  溜め息をつきそうになるのを飲み込んで、次の言葉を待つ。 「人をトラブルメーカーみたいに言わないでくれる? 今日のこと。風紀の仕事増やしたし、心配してくれたみたいだし」  そんな事か。  ほっそりした首が項垂れて、咲かせたキスマークが夜空の火花によってチラつく。 「今さらだろう。見た目に反して強情で覚醒(かくせい)してれば口答えする。かと思えばその辺で無防備に平気で居眠りする。無駄な愛想(あいそう)振り撒いて危なっかしくて目が離せないのも、食わない飯作るのも」 「……う」  更に頭が沈んで、一応化粧か何かで隠そうとした形跡が曝される。 「全部ひっくるめて()れてるから仕方ないだろ」 「――え? ……ぅ、うそ……」  間近で見開かれた大きな瞳と出会う。視界の端で火種が落ちる。 「あ、の時はクスリが効いてたから、付き合って――」 「そんな高尚(こうしょう)なボランティア精神があってたまるか」 「だ、だって、そっちだって! そう、そうだッ、クスリ飲んでっ!」  思いの外の抜けっぷりに、逆にこちらが戸惑う。 「……あれは餡子(あんこ)にする予定だった小豆だ。あの後ゼンザイも食っただろうが。本当に気付いていなかったのか?」  しかも振りだけで、実際には豆すら飲んでいない。一瞬だったから気付かなかったか。 「さすがにいくらドロドロでも処女かもしれないヤツに、勢いのまま突っ込むほど鬼畜じゃない」  噂ではセフレとか姫とかされているが、この気性だ。そう簡単にはホイホイ身体を差し出すタマではないことはすぐに解る。 「……っこ、のっ! 騙したなッ!!」  振り上げられた手を難なく掴む。  あの時は正常な判断ができていなかったのだろう。 「愛の深さだな」  剣呑(けんのん)(うな)りにのど元で笑ったのち、声音を正す。 「――後悔しているか?」  暗がりの中、指を這わせた頬がピクリと震える。 「見くびらないでくれる? 手を差し出したのはそっちだけど、決めたのは俺。責任を(なす)り付けるほど落ちぶれてない」  清々しいまでに言い切ったその姿に、降参と諸手(もろて)を挙げる。 「じゃあ、共犯か」 「それも違う。俺が宝生里央、あんたを選んだんだ。それ以上でもそれ以下でもない」 「……ん、ぁ」  漏らされるちいさな溜め息。  暗闇から室内の明るさに目を馴染ませるよりも先、薄く開いた唇にしゃぶりつく。  逃げる舌を引きずり出して、グッショリと絡める。  響く水音と乱れた息に、朱に染まる頬と耳。  危うげに視線を宙に留めたままの潤んだ瞳。  輪郭を辿って降らせたキスに、イチイチちいさく上がる声。  俄然(がぜん)燃える。  化粧で隠蔽(いんぺい)しようと足掻(あが)いた場所にも。  (とが)めるように念入りに。 「……ッぁ、も……」  着崩した浴衣の襟元から顔を上げれば、下唇を噛み締めた赤面と出会う。  割り開いた裾から覗く、足は小刻みに震えて。 「どうした?」  意地悪く低く耳元に吹き込めば、クシャリと歪む表情。 「ひ、ど……ぃ」 「ん?」 「っれ、る……離し――ぅんンー!!」  下らない心配する言葉を封じ込めて、中心を刺激してやる。  切なげに寄せられる眉間。  縋りつく腕から抜ける力に反比例して、増す膝への重み。  壁と閉じ込めた己の腕の中で艶を帯びていく声。  芳しく熟していく身体。  ネットリと響く水音が耳をくすぐる。  総てが魅了する。 「……あ、……ぁ、」  剥いた右肩にシルシをつけたところで、グッタリとした身体を受け止める。 「……ハッ、はッ、……しつ、こ、ぃ……ッ」  扇情的な姿とは裏腹に憎まれ口をつく、それさえも愛おしい。 「――どうして欲しい?」 「いっつも、好き、かっ、アッ!」  覗いた淡い色の胸元を掠めれば高い声でなく。 「……ぃあっ、めて、浴衣だけ、は……っ借りものだか……ひ、ィ」  まだそんな事を気にしていられるのか。 「嫌なら脱いでみろ」  弱々しく振るかぶりに伴い散る涙。 「……む、りぃ……」  だろうな。支えていないと確実に床に崩れるほどだから、そんな余力はないだろう。 「まあ、その内、な」  こめかみに唇を寄せて囁けば、愕然(がくぜん)と見開いた大きな瞳と出会う。  横抱きにして連れて行ったベッドでも抵抗はやめないらしい。 「……こッ、の、変態っ……!!」 「オトコのロマンだろ」  這いずって逃げるのが、一層不利になるのに気付かないのか。 「……っザッケんな!」  普段は盛大なネコを被ってさも大人しそうに振る舞っているが、素はこれなのだろう。それもおもしろい。 「汚すのが嫌なら、これ以上出さなければいいだろ」 「…………は?」  四つん這いのままで肩越しに振り向いてポカンと口を開けた姿に劣情(れつじょう)を誘われる。  ピシリと着込めば禁欲的な(おもむき)から一変、はだけた様相が一気に色気を(かも)し出す。 「ッや、……ちょっとっ!?」  困惑気味の声音を半ば無視して、裾を巻くして剥き出しになった尻に口付ける。  ピチャ。 「……ゃあッ、」  内部を弄るごとに、白くなるほどシーツを掴む指。  暴れる腰を押さえつけて、舌を更に奥に進める。  同時に水音を撒き散らしながらもみしだく前に、上げられる高い声。 「め……てぇ……っひ、ぁ!」 「ん?」  後口から顔を上げて引く唾液を塗りこめる。  真っ赤な耳朶を甘噛みしながら問いかけてもビクつくだけで返事はない。  半端に脱げかけた布地に(はば)まれて、満足に行為の妨げもできないその悶えにこちらも煽られる。  内に秘めた力強さを捻じ込む、征服感がたまらない。 「あ……あ、……あぁ……」  吐き出して脱力した腰を引き上げる。  されるがままに気を良くする。  綻びて絡みつくヒダを無視して内部を穿つ。  ひきつけを起こしたような痙攣(けいれん)。 「晃心……」  合間にうなじに歯を立てて舐めれば、繋がった部分から搾り取られるように締まる。  両肩を剥いて背筋に沿い(あと)を散らす。  ()せかえるほどの甘さ。  腰で合わされた帯でしか繋ぎとめられていなく、身体を覆う頼りない布。しかし、それも解けてシーツに端が落ちる。  揺さぶる身体から漏れる、か細い悲鳴。 「……ぃ、ぉ……んッ」  途切れ途切れにこぼれ落ちる、頼りなさ。  不安気にしかし欲に溺れて流しで寄越される目配せ。  ふだんは見せないかわいさに奥歯を噛み締める。 「……あ、」  どちらの漏らした声か。  それさえも判断つかないほどに。  ――とけあう……。  互いに吐き出した欲望。  奥まで染み渡るように本能的に塗りこんで。  静かな室内に荒い吐息だけが――響く。  眼下に捉える、艶かしく白く光る肢体。  誰にもやらない。  しゃくり上げる背に落とす唇。  腰の辺りで絡まっている帯と浴衣を外してやれば、ホッと力が抜かれる。  締められて苦しかったのか、はたまたまだ汚れると気にする理性があるのか。 「……ああッ!!」  そのまま意識を放そうと、うとうとし始める足を抱え上げて。 「……まだだ」  体勢によって変わる切っ先の場所。  よじる腰に煽られて、先ほど吐き出したはずが際限なく大きくなる。 「あー……あぁー……」  体重によって更に最奥まで届く心地よさ。  奔放(ほんぽう)に突いてやれば、仰け反って(もだ)えながら擦り寄ってくる。  艶を帯びつつも怯える声も、過ぎる快感に震える身体も、総てが愛おしい。 「……晃心」  口角からも目尻からも溢れる歓喜をそのままに、再び熱い飛沫をその中に叩き込んだ。

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