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第6話

 * * *  目を覚ますと、室内は真っ暗だった。寝ぼけまなこで頭を掻きつつ、ベッドから出て電気をつける。時計を見ると、午後十時四十八分だった。  変な夢を見たなぁとあくびをして、台所に行き水を飲んだ壮太は、妙にキレイになっているシンクに首をかしげた。  うろうろと浴室や玄関、室内を確認した壮太は冷蔵庫を開ける。冷蔵庫のなかは、なんにも変わっていなかった。 (あれ、夢……の、はずだよな)  それにしては部屋がキレイになりすぎている。しかし、それ以外に夢の出来事を裏づけるものは、なにもなかった。  ありがとう、というタクローの声が壮太の鼓膜によみがえる。なにもかもをあきらめた、終わりを覚悟している声だった。  胸がせつなく絞られて、壮太はじっとしていられなくなった。ダウンジャケットに袖を通しながら外に飛び出す。クリスマス当日の夜は、平日だというのに陽気な気配がたっぷりとただよっていた。コンビニの前では、売り残してなるものかとクリスマスケーキやチキンの売り声を上げている、サンタクロースの恰好をした店員がいた。  にぎやかな場所を抜けて、バイト先への近道に入る。そこは民家が並んでいる、ひっそりとした界隈だった。店がないので外灯の明かりと家からもれる光しかない。中途半端に都会なせいで、星明りはほとんどなかった。  そんな場所に、忽然と現れる闇に包まれた空間。そこが、壮太がバイトの行きかえりに立ち寄っている神社だった。真っ暗な境内に入り、賽銭箱の脇を通って社の奥に目を凝らす。灯りがないので、なにも見えない。 「タクロー」  そっと呼びかけてみたが、返事はなかった。壮太は周囲を見まわして、だれの気配もないのを確認すると、格子戸を開いた。あっさりと開いた格子戸がホコリをまきちらす。長い間、だれも開けていなかったんだなと、壮太は靴のまま入った。  スマートフォンを持ってこればよかったと、暗闇に顔をしかめる。ライト代わりに使えたのにと悔やんでも、取りに戻る気はなかった。急いで出たので、鍵すらもかけ忘れていた。その上、寝間着にダウンジャケットという格好だ。暗闇のなかで気づいた壮太は、ニヤリとした。それほど必死に、自分はタクローを求めている。  そんなに広くはないから、手探りでなんとかなるはずだ。はやく見つけて、マンションに帰ろう。  足跡が残ってもかまうもんかと手を伸ばし、ホコリとカビの匂いに満たされた空間で鏡を探した。これだけ手入れをされていないのなら、侵入者がいたって気にされたりはしないはず。  指先にコトンと硬いものが触れて、壮太はそれを両手で撫でた。つるんとした表面と、まるい形。直径十五センチほどのおおきさの、平たいものが台座に置かれている。  きっとこれだと持ち上げて、胸に抱えた。  外に出て両手で空にかかげると、うっすらと神社に差し込む外灯の明かりを受けてかがやいた。間違いなく鏡だとホッとして、大切に抱きしめてマンションに戻る。 「あ」  鍵をかけ忘れたということは、マンションのオートロックの鍵も持って出ていないということだ。 「やべぇ」  これでは部屋に戻れない。だれかマンションの住人がもどってくるまで、待っていようか。年代物の鏡を抱きしめているので、あやしまれるかもしれない。隣のマンションの外階段から、このマンションの外階段に飛び移って入れないか。いくら遅い時間とはいえ、だれかに見つかって通報されるかもしれない。悪さをしているわけではないから、警察に捕まっても説明はできるのだが、どうして鍵を忘れて飛び出したのか、という部分は正直に答えられない。取り調べでマゴマゴして、怪しまれたらめんどうだ。 「どうしよう」  困ったと鏡を見下ろす。きらりと鏡が光った気がして、壮太は目をパチクリさせた。ゴゥッとちいさな音がして、マンションの自動ドアが開く。助かったとエントランスに踏み込んだ壮太は、だれもいないのにどうして開いたんだと疑念を持った。 「まさか、タクロー?」  鏡に向かってつぶやいて、部屋に向かう。 「ただいま」  家に入って鍵をかけ、奥に入った壮太は硬直した。目の前にタクローがいる。きちんと正座をし、床に手をついてニコニコと笑っていた。 「タクロー!」  短い距離を駆け寄った壮太の手から、鏡が落ちる。タクローはあわててそれを受け止めた。 「壮太、これが割れたら、私は消えてしまう」 「ああ、ごめん。なんか、うれしくて」  手を伸ばしてタクローの頬を撫でた壮太は、クシャリと顔をゆがめた。 「夢じゃなかったんだな」 「ほんとうに、後悔はないのかい?」 「なにを後悔するんだよ。俺が望んだクリスマスプレゼントだぞ? 欲しかったものを手に入れたのに、なんで後悔しなきゃならないんだよ」  ギュッとタクローの首を抱きしめた壮太は、幻ではない感触に胸を詰まらせた。 「タクロー」 「壮太」  おそるおそる壮太の背にタクローの手が触れた。それがなんだかうれしくて、壮太は声を弾ませる。 「メリークリスマス、タクロー。なあ、さっきコンビニでケーキとチキンを売っていたんだ。買いに行って、クリスマスパーティをしよう。――ああでも、あれか。外国の神様の誕生日祝いだっけか、クリスマスって。やっぱ都合、悪いもんなのか?」  顔を離した壮太に、タクローはいいやと首を揺らした。 「都合が悪ければ、私はこんな格好をしていないよ」  トナカイの角と首輪、露出度の高いサンタ衣装を身に着けたタクローをまじまじと見て、それもそうだなと壮太は笑う。 「それじゃあ、いっしょに買いに行こう。ああでも、その恰好で外に出るのは」  壮太が言い終わらないうちに、タクローは一般的な服装に変わった。ポカンとする壮太に、タクローが「どこか、おかしいかな?」と不安に目元をくもらせる。 「いや、ちっとも変じゃないけどさ」 「けど? なんだ、壮太。遠慮なく言ってくれ」 「うん……ちょっと、もったいないなって」 「もったいない?」 「あの衣装、最高にエロかわいかったのにって」  真っ赤になったタクローが、モゴモゴと口のなかでなにか言う。聞こえなかった壮太は耳を近づけた。 「なに?」 「そ、壮太が望むなら……また、なれるから。買い物が終わったら、また、あの格好に戻るよ」 「そっか!」  やったとよろこぶ壮太に、ほほえんだタクローは本体の鏡をベッドのわきに置いた。 「ひとまずここに置いていても、かまわないかな」 「タクローの本体だろ? もっとなんか、イイ感じの置き方とかしなくてもいいのか」 「割れなければいいんだよ。あと、たまに磨いてくれるとうれしいかな」 「ふうん。そんなら、戻ってから、それの置き場所も考えようか。大切なタクローの本体だもんな。割れてタクローにいなくなられると困るし」 「ほんとうに、いいのかい?」 「しつこいな。俺へのプレゼントなんだろ? だったら、素直に俺にもらわれてろよ。それとも、俺だと不満なのか」  イラッとした壮太に、タクローはブンブンと首を振った。 「そんなことない。私は壮太のもとに来たかったんだ。――ただ、信じられないというか……不安というか」  胸の前で指を組んだタクローの手を、壮太は握った。 「信じられないっていうんなら、俺だってそうだ。神社に願ったら、エロかわいいサンタが来たとか、俺に都合がよすぎるもんな」 「壮太が望んだ性別ではないよ?」 「それでも、俺がかわいいって思ってんだから、いいんだよ。これ以上ゴチャゴチャ言ったら、雄っぱい揉みしだきの刑だからな」 「ええっ」  雄っぱいって……とつぶやいたタクローは、それでもうれしそうだった。 「壮太がしたいのなら、いくらでも好きにしてくれていい」 「そうか! それじゃあ、とっととケーキとチキンを買いに行こう。そんで、いっぱいイチャイチャしような」  機嫌よく言った壮太は、今度はきちんと財布とスマートフォン、鍵を持つとタクローと手をつないで部屋を出た。  最高のクリスマスプレゼントは、人にも付喪神にも平等に与えられる……らしい。 ―了―

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