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キングと奴隷のウィークポイント

診断メーカー【同棲してる2人の日常】より。「今日の雪生と鳴:Gが出たので相手を盾にし合う」をお題に書いたSSです。Gが登場するので文字だけでも嫌な人はご注意ください。  ◇ ◇ ◇  夕食後、鳴はソファーに座って週刊の少年マンガ雑誌を読んでいた。雪生も反対側のソファーに寝そべって読書中だ。もっともこっちはなにやら小難しい哲学書だったが。  雪生はすっと立ち上がった。読み終わったらしいハードカバーの本を片手に書棚へ向かった。と思ったら、いきなり立ち止まった。 「鳴」 「なーに? いまいいところなんだけど」 「いいからちょっとこっちへきてくれ。おまえに重大な任務を与える」  任務?  鳴は読んでいた雑誌から顔を上げた。夜の学習タイムまでの束の間の休息時間だというのに、ご主人様は奴隷をこきつかうことに余念がないようだ。  鳴はしかたなく立ち上がった。 「重大な任務ってなに」 「あれだ」  雪生は壁を指差した。視線を向けた瞬間、「ひっ……!」と小さな悲鳴が喉から洩れた。  真っ白い壁に真っ黒い虫――いわゆるイニシャルGがはりついていたのだ。 「鳴、すみやかに退治しろ。俺は部屋から出ているから、退治が終わったら連絡してくれ」  雪生はそう言うとドアへ向かおうとした。が、そうは問屋がおろさない。鳴は雪生の腕をがしっとつかんだ。 「なんで俺が退治しないといけないんだよ。ああいうのは発見者が退治するもんでしょ」 「奴隷なら奴隷らしく、主人の命令には素直に従え」 「いくら奴隷だろうとこれだけは無理! キングならキングらしく、虫の一匹や百匹あっさりやっつけちゃってよ」  雪生をぐいっと前へ押しやる。 「いや、庶民のおまえのほうがあの手の虫には慣れ親しんでいるはずだ」  今度は雪生が鳴を前へ押しやった。 「ちょっ、押すなって! 雪生は強いんだから、あーんなちっちゃな虫くらい平気でしょ。空手とか合気道とかやってたらしいじゃない」 「空手も合気道もやっていない。俺は元SWATの隊員に護身術や近接格闘術を習っただけだ」 「虫一匹倒すのにじゅうぶんすぎるでしょ、それ!」 「というか、鳴。不衛生な虫が出たりしたのはおまえが部屋でごはんを炊いたりするからだ。すべての責任はおまえにある。よってここはおまえが責任をもって対処すべきだ」 「雪生だってそのごはんで作ったおにぎり食べてるじゃない! すべての責任を俺に押しつけないでよ!」  ふたりの醜い争いはしばらく続いた。 「よし、じゃあここは共同作戦だ。二人羽織で対処することにしよう」  雪生は鳴の両腕を後ろからつかむと、そのまま前へ歩いていこうとした。 「ちょっ! ぜんぜんなにも羽織ってないし! っていうか、素手で退治させるつもり!? せめて殺虫剤とかスリッパとか!」  鳴がわめいたそのときだ。微動だにしなかった黒き虫がかさかさかさと壁を移動して、ふたりへ近づいてきた。 「ぎゃーっ!」  悲鳴を上げて雪生にしがみつくと、雪生もひしっと抱きついてきた。 「桜、相馬君、どうかしたの!?」  いきなりドアが開いたかと思うと、太陽が部屋に飛びこんできた。鳴と雪生は互いにしがみついたまま、太陽をふり返った。 「悲鳴が聞こえたから何事かと思ってドアを開けちゃったけど、どうやらお邪魔みたいだね」  太陽は苦笑を浮かべて立ち去ろうとしたが、救いの神をみすみす見逃すはずがない。 「いっ、一ノ瀬先輩、あれあれあれ!」  鳴は片手で雪生にしがみつき、もう片手で壁のあれを指差した。 「あー、あれに驚いて悲鳴を上げたの。ふたりとも虫が苦手なんだ。都会っ子だね」  虫は好きでもあれだけは大嫌いという人間は都会田舎にかかわらず大勢いるはずだ。 「一ノ瀬先輩、あれをなんとかしてください……っ!」 「そうだ、一ノ瀬。虫が大好きならあれを捕獲して持ち去ってくれ」 「いや、あいにくとあれを飼うような趣味はないよ。えーっと、殺虫剤ってどこで借りられるのかな。探してくるからちょっと待ってて」  太陽の後ろから翼がすっと姿を現したのはそのときだ。翼はまっすぐに黒き虫へ向かって歩いていく。いきなり靴の片方を脱いだ、と思ったら、勢いよくそれに叩きつけた。 「……死んだぞ」  翼が触角をつまんで持ち上げたため、鳴と雪生は「ひっ……!」と悲鳴を上げて、ふたたびしがみつき合ったのだった。    ◇   ◇   ◇ 「……しっかし、パンクロックをやってるだけあるよね、乙丸先輩って。虫に対しても反骨精神旺盛っていうか」  鳴は教科書を開きながら言った。あれから学習タイムまでのあいだ、ずっと壁の拭き掃除をさせられていたため、束の間のくつろぎタイムはほんとうに束の間で終わってしまった。 「でも、雪生にも苦手なものがあったんだね」  この完璧超人にも弱点があったとは。桜雪生もしょせん人の子だったようだ。  もしもまたひどい仕打ちをされたときにはGをけしかけてやろう。 「鳴、言っておくがな、この弱点はおまえと俺の共通だ。俺に対して有効に活用できると思うなよ」  隣の椅子に座っている雪生は鳴をじろりと睨んできた。  言われてみればその通りだ。GをけしかけるためにはGを捕獲しなくてはならない。そんなことは……とうてい無理だ。  せっかく手に入れた弱点が役に立たないなんて。  鳴はがっくりと項垂れて、今日も今日とて雪生の罵倒を浴びながら勉強にいそしむのだった。  *** おしまい ***

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